きみは



山姥切はやはりどうしても痛みを感じたけれど、さっきよりずっと楽になっていて、大倶利伽羅のどこか、体温のある場所を触っていれば、怖くもなんともなかった。その深度が深まるたんびに、痛みもあったけれど、幸福感もあった。そして、身体の中のどこかが、ずっとずっと満たされていって、それがあふれて、「だいすき」と、口からぽろりと零れ落ちた。大倶利伽羅はそれを掬い上げて、「あいしてる」と言った。その時に、一番奥のところにそれがあたって、山姥切は「あっ」と小さく、喘いだ。大倶利伽羅も、今はもう余裕をなくして、見て取れるくらい欲情した顔つきで、山姥切を揺さぶった。それがどんどん激しくなっていって、不思議なことに痛いのと気持ちいいのが、ぐちゃぐちゃに混ざって、山姥切も、大倶利伽羅も、息を荒くした。山姥切の奥に大倶利伽羅のが突き刺さるたんびに、痛みなのか快感なのかわからないものが襲ってきて、勝手にそこが収縮して、大倶利伽羅が「あんた、ほんと、ヤバい」と、吐息混じりに言った。

「んん、ふっ……あ、あ、や、奥、当たると、なんか、痛いのか、き、っ、きもち、い、のか、わかんなっ……ふっ……あっあっ、やっ、奥、だめ……」
「なんとういうか、こう、駄目と言われると、やりたく、なる」
「あっ……お、俺、おかし、のか……?」
「おかしくない。どうしようもなく、可愛い。抱きつぶしたい。俺のかたちに、なったら、気持ちいいって、泣かせてやりたい……」
「あっあっ……泣くなって、言うくせに……!」
「それはそれ、これはこれ」

大倶利伽羅はそれだけ言うと、その速度を早くした。山姥切が痛いのか気持ちいいのか、その判別がわからなくなって、痛いのが気持ちいいのか、気持ちいいのが痛いのか、どちらにせよ、声がとまらなかった。そのたんびに大倶利伽羅の欲望なのか、なんなのか、なにかしらの感情、想いが大きくなるのがわかって、痛いのが、もうどうでもよくなってきて、それが自分だけ気持ちがいいのか気になって、大倶利伽羅に「お、大倶利伽羅は、これ、きもち、いい、のか?」と尋ねたら、「どうしようもなく、きもちいい」と言ってきた。そこからはもうお互いになんにも言葉にならなくって、体温と、息づかいと、言葉にならない様々で会話をしているようだった。それで会話ができることに怖いくらいの幸福がこみあげてきて、そうしたら身体もそういう風になって、山姥切は「あっ、ちょっと、ああっ」と悲鳴をあげて、身体をのけ反らせた。そうして頭が真っ白になる感覚がまたして、どうしようもない快感の波に溺れて、ひどく喘いで、もうやめて、と、口にしようとしても何も出てこなくて、ただ大倶利伽羅は少し息をつめた。

「あっあっ、ふっ!……ひっ……あ、や、や、ああっ……んんっ!あっ!やっ!やだ!やめっ!」
「あ、あんたっ!いい加減、に、しろっ!くそっ!……っ」

大倶利伽羅が最後にぐっと奥を突いたら、そこから何かがぎゅっとなって、大倶利伽羅が大きく息を吐いた。そうしたら大倶利伽羅は痛くなくなったものをずるりと抜いて、何か手早く処理をしたあと、ぎゅっと山姥切を抱きしめた。山姥切もなんだかわからない多好感があって、大倶利伽羅の少し硬めの髪の毛に頬を寄せて、ぎゅっと腕に力を入れた。

「……すき」

どちらが言ったのかわからない言葉がぽとんと部屋に落ちて、満ちて、それが嬉しくて、怖いくらいうれしくて、山姥切は泣いた。そうしたら大倶利伽羅が身体を離して、山姥切の耳のあたりを撫でた。その時の眼がやさしくて、やさしくて、山姥切は「す、すきだから、泣いてる……い、痛いとか、怖いとか、そういうんじゃなくて、しあわせだから、しあわせだなって思ったら、涙がでてきた……」とひどい涙声で言った。

「そういうことならいくらでも泣いてくれていい。あんた、泣き虫だもんな。……なんだろうな、泣かれながら好きだと言われて、はじめてうれしいと思った」

それから大倶利伽羅は、山姥切が泣き止むまでずっと、その涙をやさしく拭ってくれた。そうしたら自分の中に溜まっていたものがだんだんと共有されてゆくような気がして、やっぱり、安心した。そしてゆっくり、ゆっくり、涙が止まっていって、けれど幸福は減らなくて、それが不思議だった。

「……かなり無理をさせた自覚があるが、あんた、動けるか?」
「……」
「痛む場所を、……そのだな、あんたが恥ずかしいだろう部分以外でいいから、挙げろ」
「……こ、股関節……腰……あ、あれ?腹筋、背筋……う、腕も痛い……え……ぜ、全身が大変なことになっている……どうしてだ?なぜだ?」
「……股関節系はストレッチでどうにかなるとして、筋力が死んでいるな……筋トレも……流石にここまで死んでいるとは思わなかった……今の状態では騎乗位なんて遠い未来……いや、夢の話になってしまう。……よし、大体わかった。明日の夜にストレッチメニューと軽い筋トレメニューをWORD形式でメールに添付するから、それを印刷してそこらに貼って、ストレッチは毎日、筋トレは一日おきにやれ。あと、あんたの着てるシャツはもちろん、色々と死んでいるから、まあ、動けないなら汗かく前に来ていた俺のシャツをとりあえず着ておけ。俺は一向にかまわないが、あんたが羞恥で死ぬだろうから、色々隠せ。で、俺にちょっとそこにかかっているパーカーを貸してくれ。あんたが着てだぼだぼになるなら、俺でもどうにか着れるだろ」
「……!!」

山姥切はそう言えば、と、自分の恰好を見て、顔面どころかもう全身を真っ赤にした。そうして「ちゃ、ちゃんと後ろ向いてろよ!」と大倶利伽羅に言ってから、大倶利伽羅の着ていた黒いシャツをどうにか着た。その時にも身体中が痛くて、これは本当にヤバい、と、自分でも自覚した。そして大倶利伽羅のシャツは大倶利伽羅が着ているぶんには裾が長いデザインではあるが、ぴしっとしていたはずなのだけれど、いざ袖を通してみると、肩のあたりが少し落ちて、裾は太ももの中ほどまで到達した。腕周りも余裕があって、軽いワンピースのようになった。そして大倶利伽羅の方はというと、山姥切にはだぼだぼのパーカーなのだけれど、肩がどうしてもきつそうで、裾はともかく、袖丈は少しばかり足りていなかった。

「……まぁ、これでいいか。あんたが着ていた服やら下着やらはとりあえず洗濯機に入れておいていいのか?」
「そ、それはいいが、ぱ、パンツ……」
「あんた、ぐっちゃぐちゃに濡れたパンツはきたいのか?」
「……」
「一緒に洗濯機に入れておく。下着が欲しいなら、まぁ、どこにあるか教えてくれれば投げてやるが……」
「羞恥心をとるか、羞恥心をとるかの選択肢だな……ええと、そこの収納の……茶色い引き出しの中……あ、あんまり物色するなよ!?」
「あのな、どうせいつか全部見られるものなんだから……おい、待て、なんだこれは!スポブラはともかく、しまむらパンツだろこれ!三枚セットで安いやつだな!?今回は勝負下着なわけがないからまぁと普通に脱がしていたが、これは流石にないだろう!」
「スポブラの何が悪いんだ!?あとしまむらを馬鹿にするな!安くて財布に優しいんだ!」
「あんたは下着を上下とりあえず揃えろ!俺が買ってやるから!スポブラは悪くない!別に悪くないんだが、大学生で、運動もしていないのにスポブラはどうなんだ!?今回のセックスは例外だが、普通セックスの時は雰囲気が大切なんだ!そういうのをしまむらがぶち壊すんだ!俺は天使がしまむらパンツ履いているのは御免被る!」
「しまむらを侮辱するな!しまむらはなにも悪いことをしていない!あ、あと下着とか高いものを買ってもらうわけにはいかない!申し訳なくなる!」
「対価としてストレッチと筋トレを要求するし、俺の好みに合わせてもらう!あとあんた、これが最後と思うなよ!?あんたは自分の彼氏にしまむらパンツを見られて恥ずかしいと思わないのか!?」
「うっ……た、たしかに……し、しまむらは別に……悪くないけれど……うっ……そう言われると……」
「とりあえず今はこの……まぁ一番マシに見えるこれでも穿いておけ!寝る前はブラジャーをつけない派ならこれだけでいいんだな!?俺は少し外で買い物をしてくる」
「わ、わかった……」

そう言って山姥切に三枚売りでないしまむらパンツを投げたあと、大倶利伽羅は全身が痛む山姥切とは逆に、すたすたと部屋を出て、どこかへ行ってしまった。そうしてしんとした部屋でするするとパンツにどうにかして脚を通していたら、いつもはそんなことを想わないのに、寂しい、という感情が芽生えた。こんなにたくさんの感情や愛情を貰ったというのに、そんなことを思うのは、強欲すぎるし、おこがましいと思った。そうしたらもう、ベッドの上で膝をかかえるしかなくて、そうしたらふわりと大倶利伽羅の匂いがして、それがどうしてか、その隙間を埋めてくれた。だから胸のあたりの布を鼻にあてて、すんすんと匂いを嗅いでいたら、がちゃりと音がして、山姥切はただぼんやりと、あ、大倶利伽羅がかえってきてくれたんだ、と、思った。案の定大倶利伽羅は「また邪魔するぞ」と断ってから部屋に上がってきて、山姥切を見てから、「……何をしているんだ?」と尋ねてきたので、「……おこがましいことを考えていた」と、大倶利伽羅の服をすんすんしながら言った。

「……何がおこがましいんだ?……あ、すまない、ベランダを借りる」
「……どうぞ……ん?なんでベランダなんだ?」
「いや、ちょっと……幻滅されるかもしれないが、タバコを吸わせてくれ」
「別に健康の心配はしても幻滅はしないが……。あんたタバコなんて、吸わないだろう」
「たまに吸う。こう、試合で無様に負けてどうしようもなく悔しい時だとか、……まぁ、試合で勝ってその高揚がおさまらない時だな。そういう時に気を落ち着かせたり、思考を整理したりするために使う。……俺は別段遅漏ではないが、まぁ……それなりの回数をやりたい人間で、だが今回はさすがに控えた。だからこうして気持ちを落ち着かせている。タバコを吸うと言っても、ふかすだけだ。肺には入れない。」
「……わからないが……わかった」

大倶利伽羅はそう言ってベランダに出て、山姥切が見たこともない茶色いパッケージの封を切って、やはり見たこともない真黒なタバコを口にくわえた。それから風向きを確認してから、窓を開けたまんま、不思議な音を立てて、ライターをつけた。それがあんまり恰好よくて、山姥切はぼんやりと、大倶利伽羅がタバコを吸っているのを眺めた。大倶利伽羅は外を向いて吸っていたのでわからなかったけれど、タバコから立ち上る煙は風に流されるまま細く、するすると流れて、大倶利伽羅が吐き出す煙はぶわりと広がって、その細くたなびく煙を上書きしていった。

「で、何がおこがましかったんだ」
「え、あ、……その……あ、あんなに……たくさん……その、なんていうか、……す、すきだって……伝えてもらえたのに……あんたが部屋から出た瞬間に……その……さ、寂しいって……お、思った……。あ、あんなに、たくさん、もらったのに、すぐ無くなったみたいで、なんていうか……うまく言えないけれど……薄情……かな、と……あと欲張りで、強欲で……変だよな。前はこんなこと……全然思わなかったのに……」

大倶利伽羅はため息なのか、ただ煙を吐いただけなのか、ふう、と、大きく息を吐いて、「それがどうしておこがましいんだ?」と、山姥切の方を向いた。そのとき黒いタバコを左手で持って口に当てていて、どうしようもなく恰好よくて、やっぱり見惚れて、ぼんやりと、「あんたみたいな人……独占してたのに……たくさん、あんたのこともらったのに……それがすぐ、無くなった……語弊があるな……もっと欲しいって……俺みたいなやつが……」と言ったところで大倶利伽羅が「怒るぞ」と、携帯灰皿にジュッっとタバコをおしつけてぐちゃぐちゃにした。

「俺は言ったよな。あんたが誰を嫌おうとかまわないし、その対象が俺であっても構わない。だが、あんたがあんたを嫌うと、どうしようもない、と。で、そう伝えたが、もう少し付け足すと、あんたがあんたを嫌悪することを、俺は悲しく思うし、怒りさえ覚える。俺がすきな女は、それが自分であっても誰かに否定され、なじられ、批判される女なのかと。それが妥当なものなら仕方がないと思う。だがあんたが自己嫌悪する時はたいてい、どうでもいいことだ」
「……す、すまない……」

山姥切はそう言ってうつむいたのだけれど、大倶利伽羅がジャリッと音をさせたので、うつむき加減でそちらを見た。そうしたら大倶利伽羅は仄かな火に照らされて、それを手で覆って、口にくわえたタバコに火をつけているところだった。

「俺はあんたのこと、すきでいていいのか」
「すきでいろ。だが無理はするな。暗示はかけるな。嫌いになったら捨ててくれていい」
「そ、そんなことあるわけないだろ!?」
「そうか。おれも同じだ。あんたのこと、すきだ。嫌いになる未来が、想像できない」
「さ、さびしがっても、いいのか」
「寂しがられるなんて嬉しい立場だな」
「か、かまってくれって、言われるの……面倒くさくないか……?」
「できる時はかまうし、かまえないときはすまないが普通に断る。だから面倒だとは思わない。あんた、今までそんなこと一言だって言わなかったしな。それが俺は……まぁ、不安でもあった」
「あ、あんたも……言わなかった」
「……あんたが俺のことをやたら恰好いいと思い込んでいるものだから、そういう男でいないと駄目なんだろう、と、思っていた。俺だって寂しくなることはあるし、実際、あんたと付き合い始めてからしばらく、寂しい思いをしたが、あんたに失望されたくなくて、やせ我慢していた。俺は求められたことしかないから、求められないということが悪い意味で新鮮だった。ずっと、不安だった。今日だって怒りにまかせてこんな夜に押し掛ける重い男だろう。あんたはもっと俺を欲しがってくれ。俺も、あんたをかなり欲しがる。心だけじゃなく、身体もな。そしてさっき下着の件でも俺の趣味を押し付けているし、なんだかんだあんたの身体だって、俺のかたちになってきている。俺のものだって、束縛している。だから同じくらい俺を束縛してくれ。それが嬉しい」
「……ほ、ほんとか……?」
「本当だ」
「じゃ、じゃあ、い、今……今、我が儘を、言ってもいいか……?」
「なんだ」
「……そんなところで、タバコなんか、吸ってないで、……寂しいって言ってるんだから……抱きしめてほしい……」

山姥切が下を向いて、渾身の勇気でそう言ったら、大倶利伽羅はまだ長かったタバコをすぐにぐしゃぐしゃにして、山姥切を抱きしめた。山姥切はそのあたたかさにやっと満たされる思いがして、目を閉じて、ゆっくりと、息をした。

「……なあ、あんた、なんでそんなに小さいことを我が儘だなんて言うんだ」
「……あ、あんたのことが、その……すきすぎて……自分のだって、思ってても……な、なんだろう……や、やっぱり、す、すきすぎる……から……」
「……俺の彼女は天使だったのか……いや……背中に羽が生えていないから、今まで半信半疑だったが、今確信したな」
「あんたが何を言っているのか理解できないが、あんたにこうされてるときが、一番安心する。あんたの匂いがする……でもなんだろう……甘い……?」
「タバコの匂いが甘いやつだからかもしれない。すまないな、タバコ臭くて」
「……タバコ、おいしいのか?」
「……吸うことは推奨しない。健康を害する。そして天使はタバコなんて吸わない。これで我慢しろ」

大倶利伽羅はそう言うと、じっと山姥切を見つめながら、キスをした。その舌がさっきより苦くて、山姥切はああこれがタバコの味なんだ、と思ったし、大倶利伽羅がさっきまで吐いて、吸っていた味なんだな、と思った。そうして、ああ、苦いだけなんだ、と思っていたら、大倶利伽羅の唇だけは甘くて、それがどうしてだろう、と気になった。また変な雰囲気にならないように、すぐにそれは離れたけれど、山姥切が自分の唇を舐めていたら、大倶利伽羅が、「ああ、あのタバコ、吸い口に甘味料が塗ってあるから、それが口に残っていたかもしれない」と言った。山姥切はそんなタバコがあるんだなあと思ったけれど、そのタバコは大倶利伽羅が吸っているのが好きだなあとも思った。だから自分が買うことはないし、吸うこともないと思った。ただ、吸ったあとにちょっとだけキスしてくれたら嬉しいとも、思った。こんな風に、どんどん欲深くなっていく自分が、今はまだ色んなところが麻痺していて、こわくはないけれど、その麻痺した部分が正常に働きだしたら、どうなるのだろう。

そうしてぼんやりしていたのだけれど、ふと、ローテーブルに置いてある時計が目に入り、急に現実がなだれ込んできた。

「……あ、そういえば、大倶利伽羅、明日朝練……今もう二十三時半……」
「……あー……まぁ、今から寝れば大丈夫だろう。ジャージもユニも部室にあるし」
「……ん?今から?」
「ああ、今からだ。そういうわけで、すまない、泊めてくれ」
「え、泊まってくれるのか?」
「いや、俺はそうお願いしているわけだが」
「そ、そうか……うん……じ、実はその……今晩だけはあんたと一緒にいたいなと、心のどこかで思っていた……。しかしその、うちにはゲスト用の布団がなくて……」
「一緒のベッドで寝ればいいだろう」
「せ、狭いぞ……?あと、は、恥ずかしくて死ぬ……寝顔とか恥ずかしい……ね、寝相も自分ではわからないし……」
「俺はあんたと寝たい」
「……はい……」

大倶利伽羅はそう言うとさっきまでそこらにどけていた薄手の毛布を取って、壁側に山姥切をそっと置いた。置いた、という表現がふさわしいくらい山姥切は置物状態になっていて、横にはなったけれど、ガチガチに固まって、壁の方を向いていた。そうしたらギシリと大倶利伽羅が外側に横になるのがわかった。そうして毛布が軽くかけられて、山姥切は大倶利伽羅も反対側を向いているのだと思ったけれど、身体に腕が回ってきて、「ひっ」と悲鳴をあげた。

「……あんた、なんでそんな……さっきまでの方がずっと恥ずかしいことしてただろ……」
「……たしかに……」
「で、あんたはその体勢がいいのか」

山姥切はそう言われて、ドキリとした。

「え、えっと……その……ね、寝顔がだらしなくても幻滅しないか……?」
「しない」
「寝相が悪くて急所を蹴っても怒らないか……?」
「急に極端なことを言い出したな……いや、相当痛がりはするだろうが、そんなのは事故として処理をして、怒りはしない。むしろ俺に殴られることをあんたが心配してくれ」
「お、俺が……」
「いいから、ごちゃごちゃ言っていないで好きなようにしろ」

山姥切はそのあと一分間ほどぐるぐると色々なものと闘ったのだけれど、結局欲望に負けてゆっくり、じれったくなるくらいゆっくり、大倶利伽羅の腕の中で身体の向きを変えた。それでも恥ずかしくて目を伏せていたのだけれど、どうしようもない視線を感じて、大倶利伽羅の方をみたら、暗がりの中でもバチリと眼が合って、どきりとした。

「……携帯のアラーム、五時半だから一回起こす。それだけ謝っておく」
「あ、いや、俺も明日それなりに早いから……希望してる研究室の教授のとこに行かないと……」
「……そうか。……じゃあ、まあ、おやすみ」
「お、おやすみなさい……」

大倶利伽羅はそう言って山姥切を胸に抱いたまま、瞼を閉じた。そうして少しすると、しんとした部屋の中、規則的な心臓の音と、寝息らしき音が聞こえてきた。山姥切はなんでこの男はこんな状態でおやすみ三秒なんだ、と、思ったけれど、そういえばハードな練習をこなした、と言っていたな、と思い出した。それから山姥切の身体がガッタガタになるようなことをしたのだから、疲れていて当然なのだ。それをまず申し訳なく思って、けれどそれだけ自分のことを想っていてくれたのだ、と、ぎゅっと大倶利伽羅の着ている自分のパーカーを握った。大倶利伽羅の寝顔を眺めて、小さく、「ありがとう、だいすきだ……あ、あい……してる」と呟いてから、瞼を落とした。大倶利伽羅の微かに早くなった心臓の音が耳に心地よくて、それを聞いていたら、いつも寝るのに三十分以上かかるのに、五分くらいで、意識が途絶えた。


朝、遠くからアラームの音が聞こえるなあと瞼を持ち上げようとしたら、それがすぐに止んで、「あんたはまだ」と、手で視界に蓋をされた。そうしたらまたすうっと意識が暗いところに沈んでいって、その後自分の携帯のアラーム音に驚いてバッと身体を起こした。その時にはもう大倶利伽羅の姿はなくて、ただローテーブルに走り書きで、「昨日は無理をさせてすまなかった。感情的になって酷いことを言ったかもしれない。それについて傷ついていたのであれば、必ず言ってくれ。そして朝、早くに起こしてすまなかった。泊めてくれてありがとう」と、メモが置いてあった。山姥切はそれを見て、「卑屈なのはどっちだ!」と叫んだけれど、その声が少ししゃがれていることと、起き上がった時の全身の痛みで、「うう……」と静かに唸った。そうしてどうにかして起き上がって、そのメモを取り上げて、裏面の手触りから、ぺらりと裏返したら、「俺もすきだ。あいしている」と書いてあって、「俺もすきだ……」とぼそぼそ、言った。山姥切は、「も」という品詞に違和感を覚えたけれど、そんなことに時間を使っていたら支度が間に合わなくあるので、痛い痛いと悲鳴をあげながら、どうにかこうにか大学へ行く支度をした。



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