私も大概ね

 彼の低く重い声が耳のなかで響く。

「ギムレット」

 その瞬間が私はとても好きなのだ。


「なぁに、ジン」
「これはどういうことだ」
 これ、とジンが手に持っているものは一枚の写真。写っているのは昨晩の私のターゲット。もちろん情報は入手、ターゲットにも"念入り"に"口止め"をした後の写真。

「どういうことって……見たままのことよ」
「…………」
「情報は渡してあるわ。何か問題でも?」

 写真を再度見てみるもそこに写っているのは変わらず昨晩のターゲット。
 ホテルの一室の浴室で真っ赤になって倒れている。流れ出た赤は排水口へと蛇行した一本の線をつくりあげている。これの何が問題か。

「右下を見てみろ」
 右下?と言われた通り目を凝らして見てみる。
 するとそこには……。

「あ」
「……遺言はあるか」

ーーーそこには情事後を臭わす開封済みのパッケージがあった。
 ボヤけてピントがずれているが、今や見慣れたそれは瞬時にして理解することができた。
 けれど一点だけ理解しがたい。

「……ちょっと、だからってどうしてジンが怒るのよ」
 銃口は向けられていないものの相対する男の瞳には確かに怒りの色がありありと浮かんでいる。

「……この日の晩を思い出してみろ」
「……晩、って……」

 この日は朝から御曹子の暗殺任務に普段あまり収集されないギムレットが呼び出された。話によるとベルモットが別件で出ていると。それだけで説明は充分であった。
 いわゆるハニートラップなるものを仕掛け本来であればこちら側がもつべき情報を聞き出せとの命令が下り、そのまま受けた。
 多少の体力は消耗したが、それでも悪いものではなくテクニックは充分、文句はこれといってなかった。サイズを除いては。
 情報を聞き出したところで中途半端に熱をもった身体に鞭をうち"口止め"を行った。おかげで自身は寸止めだ。
 任務完了の連絡をした後、外で待機していたバーボンの車に乗り組織へ戻ろうとするもバーボンの口八丁手八丁でそのまま車内で戯れたが、どうも集中ができずじまいで……。

「……そういえば貴方に口直しをお願いしたわね」
「言った筈だ、栓の役目は御免だと」
 そのずいぶんな言い様に思わず目の前の男を殴ってやりたくなった。

「栓だなんて失礼ね、あなたが栓なら私は注がれるだけの瓶かしら?」
「……」
「お生憎さま、私はそんなに寛容な女じゃないのよ」
「…………」
「確かにあの時は貴方に嘘をついたわ。だけど貴方だって良い思いをしたでしょう?」
「ハッ、乳くせぇガキとのセックスで俺が良い思いをしただと?寝言は寝て言うもんだぜ」
「……私が乳くさい?あら、貴方ってば随分と広大な牧場で育ったのね?広大すぎてあふれる緑と色づく花すら見分けがつかなくなった?どちらが"乳くさい"のかしらね、ベイビー?」

「……ギムレット、貴様死にたいか」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」

 まさに一触即発。
 大体、この男が気にしすぎなのだ。後処理は完璧にしたし、残り香にも気を付けた。
 そもそも実際のところ、ジンはこの写真を見ることがなければ性行の事実など気がつきもしなかっただろうに。

「……何がそんなに嫌なのよ」
「あ?」
「だから、何がそんなに気に食わないわけ?」

 貴方だって私のなかに何回出したか覚えてる?と問えばジンは閉口した。どうやら自覚はあるようだ。
 このプライドが高い、もとい負けず嫌いな性分の男には少しのボールミスも許されない。うまく持ち上げたまま、緩やかに着地させるべきだ。

「……栓の役目は御免だと言ったはずだ。同じことを言わせるな」
「わかったわ、であればひとつ言わせてちょうだい」

 ジンがなにも言わないことを確認し、続ける。

「……」
「私は任務の最中、一度も出されてない。だけど、きちんとシャワーで洗い流したわ、全身ね」
「……」
「……どうしてか、わかる?」
「…………聞いてない」
「貴方に抱かれるためよ」
「………………フン…………」

 事実ではないが嘘でもない。そう、嘘はついていない。

「貴方が一番いいのよ。ベイビーなんかじゃない、大人の貴方が」

 ツゥ、とジンの腿を指でなぞると僅かながらに息を飲む音が聞こえた。

「……随分と煽るな、欲求不満か?」
「ええ、そうね。貴方を食べてしまいたいくらい」
「ハッ、それは捕食者のセリフだぜ」
「あら。ぱっくり食べられるのは貴方よ、ジン」
「上でも下でも、か?」
「ふふっ、ええ、そうね」

 お互いに挑発的な視線をぶつけ合う。それがいつもの合図。
 不意にジンが目をそらした。

「来い」

 ジンの後についていき、部屋を出る直前。

「ウォッカ、バーボン。それじゃあ、あとはお願いね」

 振り向いた二人の顔はわずかに赤く思えた。
 明後日にでも"口止め"が必要かしら。

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