狐の力


ーーー・・・私は何もしていない。

 矢継ぎ早に降ってくる言葉たちは硬く、胸が締め付けられるものばかり。
 それが嫌で、逃げた。

 舐めるような視線で全身をゆっくり、じっとりと侵される。
 それが嫌で、逃げたかったけれど今度は我慢をした。

 そうそう逃げてばかりもいられない、逃げることは弱いこと。弱いということは、同時に負けを意味するのだ。

 悲しいということは、それだけ期待していたということ。
 期待していたということは、信じていたということ。
 信じていたということは、信じたかったということ。
 信じたかったということは、信じてほしかったということ。

 そうして根本に辿り着いたときに初めて気がついた。
 自分は、自分の弱さを知らなかった、ただそれだけだったのだと。

 一度理解してしまえば、あとは直す努力を怠らないようにするだけ。
 だから、きっと降り止まない言葉の暴力だって、いつかは消える。
 途切れることのない絡み付く視線だって、こんなもの堪えられる。どうってことはない。自身が強くなればいいだけのことなのだから。


 それじゃあどう強くなればいい。そもそも強さと何なのだろう。何をもって強さと豪語しているのだろう。今より強くなるには。どうしたら。どうすれば強くなれる。なれるじゃない、ならなくては。頑張らねばいけないのだ。何を。どうやって。どうしたら。まだ止まらない終わらないどうしてなんでなんでなんでなんで私は何もしていないでしょう知らない知らない振りなんかじゃなく本当に知らないの何もしていないんだよ。お願い、誰か、誰でもいい。私を、信じてよ。もう、疲れそうなの、助けて。まだ弱いのかな、まだ弱いから辛いのかな、どうしたら、どうすればいいの、なんでどうして涙が出てくるの、泣いちゃ駄目だ、泣いたら、ああ、でもでもでも、もうなんだかとてつもなく。


 なにもかんがえられない。





「審神者様!」
「ッ?!」

 重く苦しい胸を上下させ、やっとの思いで瞼をあけると目の前に狐がいた。
「だ、大丈夫ですか?先程からうなされておりましたので・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・審神者様?」
 さにわさま、その言葉に聞き覚えがある様な気がし、記憶をたどった。ここ数日の忙しない記憶を、だ。起きたばかりの頭を冴えさせるには充分すぎるそれに勢いよく上体を起き上がらせた。

「・・・・・・まだ帰らせてはくれないんだね」
 喉がいやに重たく思え、声が掠れた。真っ直ぐに見つめ問うと、狐は申し訳なさげに、その狭い肩を落とした、ように見えた。
「その、大変申し上げにくいのですが」
 その細かな動きですら本物のような小さな狐に安堵を覚える。
「・・・・・・いいよ」
 未だにうるさい心臓と痛む胸を抑え、振り払うように呟けば、今度は狐が「え?」と呟いた。その様子にふと笑いが込み上げた。一挙一動が、まるで昔の自分のようで、少し可笑しく思えたのだ。昔の夢を見たせいか尚更にかつての自分が重なって見えた。

「うん、ちょっと・・・今は何か喋っててくれたほうが助かる」
 ジトリと汗ばんだ手のひらを広げ、重力に逆らわずに揺らしてみる。すると開けっ放しの障子から見える空が夕刻の終わりを告げていることに気がついた。どうりで風が冷たいわけだ。那智は数回ほど拳を軽く握り膝の上へ置いた。

「・・・・・・・・・・・・と、いうわけですので。・・・準備はよろしいでしょうか」
「うん、聞いてなかった」
「聞いてくださいぃ・・・」
 悲しそうな声音を絞り出す狐は、本当に聞いてほしそうに、けれど那智の様子を窺うように言葉を選んでいることがはっきりと見て取れた。それが余計に、と狐を見やる。
 その視線に気がついたのか狐は、もう一度だけ言いますね、と続けた。

「本来ならば、有り得ることではないのですが・・・貴女様には他の本丸を引き継いでいただくことになりました」
「・・・・・・」
 つまり、まだ帰してはくれない、ということか。那智は黙って狐の言葉に耳を傾けた。
「先程ですが、通常の本丸であってはならないことが確認できた為、至急そちらに移動していただきます。しいては、そちらの引き継ぎ作業と統率の仕切り直しをお願いいたします」
「・・・・・・」
「それで、ですね。その・・・・・・」
 急に歯切れの悪くなった狐を見れば、何やら下を向いて前足を擦り合わせていた。

「貴女様がなかなか、その、こちらのことを信じていただけないということでしたので・・・移動の際には、こんのすけの力を使わせていただきます」
「・・・・・・へえ、それはすごい」

 力とは一体どんなことを仕出かすつもりなのか。冷静な頭の反面、心のどこかでは現実であれば良いのになどと至極くだらないことを願う自分がいた。

「で、力ってなに」
「はい、準備はよろしいですか?」
「別にいつでも」

「それでは、目を閉じて・・・耳を塞いでください」

 静かに瞼をとじ、手のひらで耳を覆った。
その瞬間。


 確かに世界が揺れた。



  
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