立つ鳥跡を濁さず


ーーーそれからが大変だった。



「それでは、この中から初期刀となる刀を一降りお選び下さい」

 茶封筒を踏みつけてから早一ヶ月。
 封を開けることすらなく翌日、見事ゴミ収集車行きとなったはずの封筒が更に翌日、全く同じ位置に落ちていたことに恐怖した那智は、仕方なしに中身を取り出した。
 出てきたのは、あの日、隆宗が見せたものと全く同じ文書だった。

 次の日も、次の日も。

 同じことを繰り返していたある日のこと。
 その日は休日で悪天候だったこともあり、一日を自宅で過ごしていた。
 不意にインターホンが鳴り響いた午後6時。
友人と呼べる者は少なく、ましてや出前を頼んでもいない。聞いてみると、どうやら宅急便のようだ。
 ポストばかりに意識を向けていたせいか、何の疑いも無しに扉を開け、目の前の状況にただ瞳目することしかできなかった。

「お迎えに上がりました、審神者様」

 黒服の集団がうやうやしく頭を下げたのだ。
 審神者。嫌というほどにここ最近で見聞きした音に、反射的に扉を閉めようとした瞬間。
 うなじのあたりに衝撃が走り、喉が重たくなるような錯覚がした。

ーーーそうして、瞼が重くなり私の意識は、底に落ちたのだった。



「さあさあ、審神者様」
「私、審神者になんてなった覚えがないけど」
「そうですね、先程まで眠っていましたし」

 目の前で喋る小さな狐はいけしゃあしゃあと物を言う、なんともいけ好かない狐だった。よもや狐に腹をたてる日が来ようとは。

「しかし、貴女様は既に審神者としてこちらの世界に存在しています」
「だから何?」
「つまり、政府からの仕事を一通り終わらせてからでないと今のところは帰ることができません」
「・・・また"政府"」

 最近は腹のたつことばかり。
 こんなにも遠回しな嫌がらせは初めてのことで、グラフィックであろう周辺を見渡した。
 確かに、まるで本物のような広い日本庭園に縁側。池には鯉が泳いでいた。
 なにもかもが作り物とは思えないそれに感心すると同時に、自分に対する嫌がらせの為だけに素晴らしい技術も誰かの時間も使わせたのか、と苛立ちが募る。
いい加減にして欲しい。自分が何かしただろうか。

 いつもいつもいつも、なぜ放っておいてくれないのか。

 やけに冷静な思考が、目の前の狐を捕らえた。



「・・・誰の指示」
「はい?」


「誰の指示でこんな下らない事やってるのかって聞いてるの」

 自分の声とは思えないほど、今まで聞いたことがない低い声が耳に届いた。

「ッ、で・・・ですから、それは政府が・・・っ」
「まだ言うの。いい加減にしてくれると嬉しいけど」
「これ・・・ばかりは、そうとしか・・・」
「そう。ボキャブラリーが少ない設定なの?」
「・・・こんのすけは・・・本物です・・・」

 消え入りそうな声を背に、本丸と言われる建物に入っていく。

「どっ、どこに行かれるのですかっ!?」
「別に。どこにも行けないでしょう。貴方達の気が済むまでは」

 それまで寝てるから、と適当な部屋に入れば、狐が焦った様子で後についてきた。

「刀はどうされるのです?!選んで頂かないことには・・・ッ!」
「何度も言わせないでくれる?」

 いい加減にして。

 小さく呟けば、狐は静かになった。

「・・・一応、上に連絡しますね」
政府、という言葉を濁したあたりは懸命な判断だろう。

 那智は、荒波だった心を沈ませるように静かに目を閉じた。



  
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