ひぐらし | ナノ
×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「イズク、イズク。イズクは、ムコセーなのか」

 ガラスが勝己と出会った、その次の日。かくして一昨日と同じように空き地を訪れた出久は、会うなり開口一番にそう訊ねてきたガラスに絶句した。
 ガラスはコクマルガラス、という種で知られる野生のカラスである。人外であるがゆえに彼女は人間的知識にはどこまでも疎かった。だから出久はこれまでにも、いくつか出久の知る当たり前のことを彼女に教えたりもしている。
 確かに出久はこのご時世、珍しく個性なる特異体質を持たぬ無個性の子どもだ。けれど、それをガラスに教えた覚えはない。

「だ、誰に聞いたの、それ」

 だから反射でつい、おどおどとして質問を質問で返す。しかしカラスの子は気を悪くした様子はなく、出久からの土産物であるどら焼きをほおばりながらごく正直に応えてくれた。

「ん。カッチャン」
「かっちゃん!?」

 かっちゃんといえば出久の知る中には一人しかいない。爆豪勝己。幼馴染の。乱暴者で粗暴で、派手な個性を持っていて、自分と同じようにヒーローを夢見ている。なんでも普通以上にできる小さいころからすごい人。
 半ば許容したくない事実に出久は拡声器のごとく声を張り上げる。そういえば彼女には彼のことを少しだけ話したりはしたけれど、まさか自分がいない間にその本人と接触しているだなんて!

「か、かっちゃんに会ったの……? 大丈夫? 何もされなかった……?」

 勝己は短気で簡単に人を見下す。だからもし、彼がガラスに何か乱暴ごとを働いたりしていたら……そう考えると、出久はいつも彼にいじられている身ゆえに気が気ではない。

「ヒーローごっこをした。ワタシがヴィランで、カッチャンがヒーロー」
「かっちゃん……」

 のほほんとどら焼きを咀嚼しながら、ガラス。見ておらぬところでも発揮される幼馴染の安定さに、小学一年生緑谷出久は思わず目線を遠くに飛ばす。

「それから、イズクのことをたくさん話していた。デクで、すごくなくて、ムコセーだと。ムコセーと、コセーのことも、ええと、教えてやって、もらった。ワタシはムコセーではないとも」
「教えてもらったんだね……」
「ん」

 報告を綴り終え、どら焼きを完食したガラスは、満足げに一人で頷き、出久に習った食後のあいさつをおこなう。一方で、なにやら出久はしょんぼりと地面と見つめあっていた。出久の目線の先にしゃがみこみ、視線が交わるようにする。

「どうしたの、イズク。泣くか?」
「え、えっ、なんで!?」
「泣くとき、人間は前を見ない。イズク、泣くの?」

 きっと、その心情に募るものに名があるのだとしたら、それは心配というのだ。ガラスがまだ知らないだけで。普段と変わらぬ、感情の乗っていない調子ではあるが。出久はガラスの様子を見てその気持ちを汲み取った。
 ううん、とかぶりを振っ、顔を上げる。するとガラスも、出久の目線に平行するため立ち上がる。
 大丈夫だと言い聞かせた。だって少なくとも、ガラスは、自分が無個性だからとそれをだしに悲しいことを言ってきたりしない。そういう子なのだと、出久は浅い付き合いながらに彼女のことを心得ているつもりだ。

「ぼ、僕、僕はね、君と、かっちゃんが言ったとおり、無個性だよ」
「そっか」

 それでもおのずと口にするには凄まじい勇気を消費した。案の定、その勇ましさは無駄遣いでしたなんていわんばかりにガラスはただ頷く。それだけだった。

「カッチャンは、ヒーローになると言っていた。カッチャンの友達もそう言っていた。イズクもか?」
「えっ?」
「イズクも、ヒーローになるのか?」

 ガラスにしてみれば、子どもはみんなそうなのだろうか、と、そう疑問に思っただけ。だが出久にとっては、彼女からの問いはなんとも、心を揺さぶる。
 大人も友達も、みんな出久の将来の夢を「無理だ」と断じるのだ。でも、嘘偽りようがない出久の気持ちは――

「――なりたいよ。僕、僕も、きっと、ヒーローになるんだ」

 物心ついたころから、今でも変わっていない。

「うむ。ん。えっと、ん、そうだ。頑張れ、イズク」

 そうしたら、思いもよらぬ一言を貰ったものだから、無意識に緊張していた出久の涙腺は決壊した。ぱちりと瞬きをして、ガラスは「悲しくなった?」と口にする。そんなわけがない。どうして悲しくなるだろう。悲しくないときにも涙は出るのだ。今度はそれを教えてあげようと思いながら、出久はぶんぶんとかぶりを振った。


表紙に戻る

top