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鳥頭

 その日を境に、ガラスは頻繁に出久に構われるようになった。
 毎日毎日飽きることなく、出久はあの空き地を訪れる。ガラス自身も、出久のことは気にならないわけではなかったから、特に思うことはなくても様子を見に行く。すると出久はぱぁっと顔を明るくして、ガラスちゃんと彼女の名を呼ぶのだ。最初こそその単語に対する反応は鈍いものではあったが、何度も何度も親しげに、当たり前のように伺われれば、数日も経てばその名はすっかりカラスの娘に浸透してしまっていた。
 そうやってガラスが出久と遊ぶようになり、一週間が経った。

(きょうは、イズクは来ないのだな)

 いつものように空き地に舞い降りたカラスのままの少女は、周囲を見渡してそう昨日のことを振り返る。

――「明日は、お母さんと出かけるから、遊べないんだ。ごめんね」

 どうして謝るのだろうと心底不思議ではあったのだが、とにかく今日、出久はガラスの元には来ない。
 その代わり、

「お前、デクのやつなんかといて楽しいのか?」

 知らない子どもが、また一人。
 来ない出久のことを考えて、人の形でぼんやりとパンの耳を齧っていたガラスに話しかけてきたその子は、ここ数日出久と行動を共にしていたガラスをよく遠巻きに見ていた出久の同級生である。だがもちろん、彼女がそれを知るはずもない。

「……つんつんの子ども」

 色素の薄い、針山が爆発したような髪型の男の子。まじまじとガラスはその子を見つめる。

「なぁ、なんか言えよ」

 質問の答えを言え、と押してきているのだろう。お世辞にも良いとは言えない目つき、けれども無邪気さを保ったままの眼差しに、ガラスは「楽しい?」と首をかしげた。

「たのしい。たのし。……ところで、デク、とはなんだ?」
「ああ? デクはデクだろ。すごくないやつ。ムコセーの。緑谷出久」
「ムコセ? それは知らない。なんだ、デクとはイズクのことなのね」
「ムコセーもわかんねーの、お前。凄くないんだな」
「ええと、ああ、そうね。イズクと一緒はたのしいよ。ご飯もくれるし」
「はあ? 飯に釣られてんのかよ。じゃあほら、俺もやんよ。デクのよかうめーやつ」
「おお」

 投げて渡されたのは、食べかけのドーナツである。受け取ったそれを、ガラスはしばし見つめ、それからおそるおそる口に運んだ。こてり。顔を傾けて数秒。

「ん。えーと、うん。甘いのよ」
「当たり前だろ、ドーナツなんだから」

 呆れた視線をもらったガラスは、しかしそれに動じたりすることはない。ドーナツを咀嚼し、ついには完食。この間出久に教わったように、指のない手と手を合わせてごちそうさまを唱える。

「なぁお前、俺と遊べよ」
「ん? なにをするの?」
「ヒーローごっこ! 他のやつらもすぐに来る。お前がヴィランで、俺がヒーローだ!」
「ひいろう? ん?」
「お前、ホントにカラスみてーなかんじだけど、鳥頭なんだなぁ」
「カラスだよ。今はガラスだ」
「ガラス? 名前か?」
「名前よ」
「そっか。俺は爆豪勝己だ。忘れんなよ、鳥頭」

 あ、とガラスの脳裡にひっかかるものがあった。爆豪勝己。その名は確か、前に聞いた。出久の話にも出てきていた。意地悪で乱暴だけど、スゴイヒトなんだと。ゴキンジョサンの、オサナナジミ。

「つんつんの子ども。んと、カッチャン? 知ってるよ。イズクが言ってた」
「はあ? んだよ、知ってんじゃねーか。そのまま覚えとけよ」
「ん。わかった」

 知らないことは知らないけれど、覚えていることは得意だ。ガラスは嘘はついたことがない。
 勝己の言葉に頷くと、彼はそのことに気をよくしたのか「じゃあ着いてこい。ヒーローごっこ教えてやんよ」と偉そうな顔で背を向けて歩き出す。そのかかとを見送っていたガラスは、少しだけ考えて、勝己のあとを追いかけた。


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