ひぐらし | ナノ
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雨宿り

 激しい雨が降り出した。夕立だった。
 まだ六時を示す鐘が鳴り出す前であったがため、出久はガラスと別れる間際に雨粒の奇襲を受けたのだ。
 ごろごろ遠くで雷も鳴っている。隣のガラスは空を仰ぎ能天気に「おお……」と雨を浴びていたけれど、それは野生の動物であるがゆえの動じなさであり、生憎出久は人間だ。

「ガラスちゃん、こっち!」

 このままでは二人ともずぶ濡れになってしまう。幸い、出久の家はすぐそこだ。
 出久はガラスの手をぐいと引き、そのまま雪崩れ込むように自宅へと飛び込んだ。

「あーあーあー、びしょ濡れ」

 ――緑谷家、玄関。
 ガラスと共に、ドアを蹴り破らん勢いで帰宅した出久の姿を見て、母親はあわただし、持ってきたタオルを二人に被せる。濡れしきる前に急いでと走ってきたのに、結局彼らは水浸しになってしまっていた。

「もー、空が黒くなったら帰ってくればよかったのに」
「う、うん……」
「友達も、風邪引かないように、服乾かして……ってあれっ?」

 一通り髪をもみくちゃにされた出久。続けてガラスの水気をふき取ろうとした彼女は、少女を見て動きを止める。

「服……着て、え? ない?」

 仰るとおり。
 今のガラスの姿は、顔つきが人間らしいこと以外は、まるで人型のカラスそのものだ。体はふわふわつやつやした羽毛に包まれている。雨粒を受けた今は、毛先から水滴が滴っているけれど。
 あっと思い出したように声を上げたのは出久だった。

「ガラスちゃんはね、カラスなんだ! だから、それ……服じゃないよね?」
「ん? ん。ワタシは、服は持ってない」
「え、え? カラス? 出久? え、なんで?」

 一気に混乱し始める母親に、困り果てながらも出久はガラスのことを説明した。
 彼女は本当に人間ではなく、カラスなのだということを。それもただの鳥ではなく個性持ちだ。おそらく人のかたちになれるタイプの。
 こうしたほうがわかりやすいか、と親子の前でガラスは元の姿になってみせた。「エアッ!? エエエエエ!?」と驚愕に彩られた悲鳴を上げたのは出久の母親である。けれどもそれで、彼女は出久が珍しく自宅に連れ込んだ友人のことを理解したらしい。

「はー、出久の言うガラスちゃん、がまさかカラスだったなんてね。お母さんさすがにびっくりしたわ」

 リビングにて着替えを終えた出久は、用意されていたホットミルクを冷えた体に流し込む。
 ガラスはといえば、カラスの姿のまま、小皿に注がれている同じホットミルクをしげしげと眺め、そして口をつけていた。その様子たるや、人によく慣れているだけのカラスである。自分と一緒にいる間は人を模していることが多いので、カラス姿の彼女が近くにいるのは、なんだか新鮮だった。

「ああそうだ、ガラスちゃん、野生のカラスなんだっけ? どこに住んでるの? あとで送っていこうか」

 いまだに雨の降りしきる外を見ながら、母親がガラスを見る。いつのまにか夢中になってホットミルクを満喫していたガラスは、空になった小皿から顔をあげ、テーブルから降りた。次の数秒後にはさっきと同じ女の子を象っている。

「住んで……住んでる家は、ない。ええと、ん、寝てるところは、同じじゃない」
「あー……なら、親御さんは?」
「おやご……おや。親は、知らないよ。どこかにいるけど、ワタシは知らない」

 沈黙。気が遠くなる数秒間。それを保ったのち、「カラスだったわね……」としみじみ出久の母親が頭を抱える。
 曲がりなりにも立派なカラスであるガラス。カラスの独立は人間よりもずっと早い。彼女の人としての見た目が子どもなだけで。実年齢は七歳もないのだが、それでもガラスはカラスとしてはもう立派に独り立ちしているのだ。

「……わかった。じゃあ今日はガラスちゃん、ウチに泊まっていき」
「いいの!?」

 少し考え込まれたあとの思いもよらぬ提案に鋭い反応を示したのは、ガラスではなく出久だった。
 「今日はね。雨が夜も続くらしいし」と母親は笑う。

「お米は炊けてる。お風呂にも入れるだろうし、カラスでもきちんとしてるし、パジャマはこの間間違って出久に買ったもので大丈夫でしょ。寝る場所は、出久の部屋でもいい?」
「う、うん! いいよ! やった! ありがとうお母さん!」
「ガラスちゃんは? お泊り大丈夫?」
「お泊り。……ん、ん。ん。ワタシは今日、イズクの家で寝るのね。わかった」
「よし、決まり!」
「ガラスちゃんガラスちゃん! あのね、オールマイト見せてあげる! お母さん、パソコン点けていい?」
「はいはい。どうぞ、出久」

 苦笑する母親を見て、出久はイスから降り、どこか部屋の外へと駆けて行く。
 ――知らないものばかりだ。初めて訪れる人の家。ガラスは改めて、その室内をぐるり見渡す。どれもこれも、見たことがないものばかりで、よくわからない。

「ガラスちゃーん! こっちだよ!」

 出久の声がするほうに顔を向ける。出久がいるなら大丈夫だと思う。ガラスは彼をもうすっかり内に入れていた。「わかった」と短く返事をして、ガラスは見知らぬ床を踏みしめる。


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