僕らの恋は始まったばかり


ダムダムとボールを床に叩きつける音は、きっと高校3年間の中で一番多く耳にした音なのだろうと思う。シュッ、とセンターラインから放ったボールはゴールに届くことすらなく床に落ち、テンテンと床を跳ねて転がるばかりだった。結局俺は、追いかけて追いかけて、必死になって見つめ続けたあの男のようなシュートは一度だって打てなかったと苦笑を洩らす。


「相変わらず、お前はシュート率が悪いのだよ」

「んだよ、平均よりは上だっつの」


不意に聞こえた声に振り向けば、そこには緑髪をした男が眼鏡を押し上げながら呆れたようにこちらを見ていた。シュートは入ってこそだと顔をしかめたエース様に、最後の最後までそれかと笑ってしまう。確信はないけれど、たぶん彼はきっとこれからもずっとこんな感じなのだろうと思う。脱いでいた学ランを拾い上げて袖を通しながら、もうここに来ることはねぇなぁと呟けば、真ちゃんは卒業証書の入った筒で俺の頭を小突き、後輩に会いに来ればいいだろうと言った。


「お前は後輩に好かれていただろう。会いに来て教えてやればいい」

「えー、真ちゃんは?」

「来るわけがないのだよ」


俺は好かれてなどいなかった。フンと鼻を鳴らす仕草は拗ねているからではなく、何を当たり前なことを言っているのだという思いから出て来たものだろう。真ちゃんは分かってない。確かに後輩の中ではお前に嫉妬して、変な嫉みじみたものを持っていた奴もいたけれど、彼に向けられていたのはそんなものばかりではない。真ちゃんが気づいていないだけで、羨望の視線や憧れは確かに存在していたのだ。


「真ちゃんは医大だったっけ?」

「あぁ」

「頭いいもんなぁ。勉強教えてもらえばよかったぜ」

「何度も教えただろう。そのくせ赤点を取っていたのはだれなのだよ」


ムッとしながらそう言う真ちゃんに悪いって返して苦笑した。あぁ、こんな会話ももうなくなってしまうのか。そう思いながら真ちゃんの隣に並んで桜並木をゆっくり歩く。登校も、下校も。授業もバスケも修学旅行も。俺の高校生活には全部全部真ちゃんが関わってた。それなのにもう明日から会えないのかと思うと、心にぽっかり穴が開いてしまったように感じる。もうあんなに早起きしてチャリアカーを漕がなくていいのか。あの長身の背中を見つめながら授業を受けることも、逆に授業中に寝こけてしまう俺の背中をあの細くて長い、綺麗な指が叩いて起してくれる事もなくなる。不満だったわけじゃないけど、普通なら清々した、と思うような日常なのに、俺にとってそんな日々はどうしようもなく大切だったのだと、今になって実感する。


(くっそ、寂しい)


あの綺麗な目で、指で、声で。彼はもう俺を求めない。人づきあいの苦手な彼が、大学でちゃんと友達ができるだろうか。あのワガママで女王様基質な真ちゃんとちゃんと付き合ってける奴って大学にいるのだろうか?一人に慣れてる、なんて前に言ってたけど、あんなにも寂しがりやなのに一人で生きてけるわけないじゃん。大丈夫かな。一人ぼっちになったりしない?寂しくて泣いたりしない?ちゃんと……俺みたいな奴見つけられる?


(……見つけんな、そんな奴)


嫌だ。真ちゃんが一人ぼっちになるなんて嫌だ。なのに真ちゃんが俺以外の奴と一緒にいるなんて、笑いあうなんて絶対嫌だ。彼の隣はいつだって、俺だったはずだから。そこまで考えて俺は小さく声を漏らして笑った。馬鹿か。どんんだけワガママで横暴なんだよ俺は。掌を目元に押し当てて、俺は自嘲気味に笑って見せた。いい加減真ちゃん離れしろ、そう自分に言い聞かせていると、不意に真ちゃんが俺の名前を呼んだ。相変わらず、淡々としら冷静な口調だったのに、見えた彼の表情はどこか熱っぽくて、ついドキリとしてしまう。


「……最後にひとつだけ、言っておきたい事があるのだよ」


最後。その言葉にギクリとしながらも、なんでもないように笑って見せた。強がりだって思われてもいい。でもどうしても、彼の前で女々しいところなんて見せたくない。


「ん?なに?」

「……この3年間、俺について来てくれたこと感謝しているのだよ」

「え?」

「自分でも分かっているのだよ、俺は人づきあいが苦手だと。でもいつだって、高尾は俺の側にいてくれた。お前に自覚はないだろうが、お前の存在は……いつも俺の支えだったのだよ」


そう言って柔らかに笑った真ちゃんは、ありがとうと言って目を細めて見せる。なんだよそれ、馬鹿じゃん。てか緑間らしくねぇ。お前はいつだって唯我独尊で女王様で、俺の、エース様、で。


「らしくねぇこと言うな…っ」


やっぱ無理、我慢の限界。滲んだ視界を誤魔化すように、手の甲で目元を抑え込む。泣きたくなんてなかったのに、じわじわと溢れてくる涙は止められない。もう嬉しいのか悲しいのか分かんなくなって、俺は真ちゃんの肩に額を押し付けた。すると真ちゃんはあからさまに肩をビクつかせて、俺の名前を呼びながらあたふたしてる。そしてどこかぎこちなく、俺の震える肩を撫でてから、くしゃりと髪を掻き混ぜた。泣いているのか?と困ったように呟いて、いそいそとポケットから取り出したモスグリーンのハンカチでおずおずと俺の頬を拭いだす。その所作は酷く優しくてそして不器用で。チラリと見上げた彼の表情は、なんだか今にも泣き出してしまいそうな子供の表情と酷似していたから、あ、もしかして貰い泣き?と笑ってしまった。そんな俺が気に食わないのか、少しだけムッとしながらも俺がくっつくことを許す真ちゃんに、やっぱり吹き出すように笑ってしまった。あぁ、クソ、かわいいなぁもぅ。


「真ちゃん、」

「な、なんだ?」

「っ、はは、ヤッベ、マジありえねぇ」

「??」

「……すげぇ好き」


言葉にして余計に実感する。あ、俺真ちゃんが好きなんだって。側にいたくて、他の誰にも渡したくなくて。それはパズルのピースが合わさるように、ぽっかり空いた空洞がぴったり埋まるように、俺の中に落ちて来た感情だった。


「な、なな、」

「真ちゃん?」

「っ、このバカ尾が!!」

「痛ぇ!!」


ガツン、と頭を殴られて真ちゃんから距離を取った。マジで本気で殴りやがった。一世一代の大告白だってのに。ムスゥ、としながら涙の滲む目で真ちゃんを睨みつけ、次の瞬間にはポカンと口を間抜けに開けてしまった。あの真ちゃんが。常に無表情か仏頂面を決め込む真ちゃんが、顔を耳まで真っ赤にして俺を睨んでる。うるうると潤んだ翡翠の瞳と、わなわなと震える綺麗な唇。今にも噴火しそうなほどに真っ赤になった真ちゃんの顔に、俺もつられるようにじわじわと顔が熱くなっていく。


「え、ちょ、なにその反応」

「な、何でもないのだよ!!」

「待てよ真ちゃん!俺期待しちまうんだけど!?」


スタスタと歩きだした真ちゃんの背中を追いながらそう言うと、真ちゃんは勝手にしろと叫ぶ。それってさ、俺のいいように解釈していいってこと?そう思うと口元がニヤけてしまう。ヤベェ、マジでかわいいわコイツ。前を歩く真ちゃんを追いかけて、綺麗にテーピングされた細い左手に指を絡める。振り払われるかと思ったそれは、思いとは裏腹に握り返されたから、ついドキリと心臓が跳ねた。


「真ちゃん、めちゃくちゃ好き」

「嘘だったら許さないのだよ、バカ尾め」

「ははっ、上等だっつぅの」


俺の返しにふん、と鼻を鳴らした真ちゃんの横顔は、やっぱりちょっと赤かった。











僕らの恋は始まったばかり
(初めてこんなに好きだと気付いた)











2013.02.04

箕浦が大学卒業するのでね、そののりで書いたやつ!

高緑は離れる時になってやっと好きだと気付く系がかわいいっス!

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