願いの先の未来の手前


じわじわと体を焼くように照りつける真夏の太陽も、日が暮れれば大人しくなる。最近すげぇ暑ぃなとチャリアカーの荷台に乗った真ちゃんに笑いかければ、彼は苦笑混じりにそうだなと言った。2年生に進級して、真ちゃんは少し変わったように思う。俺以外のクラスメートと話すようにもなったし、部活でも先輩や後輩と拙いながらもコミュニケーションをとるようになった。そしてなにより、よく笑う。一年前は俺の前でだって滅多に笑わなかったのに、今ではふとした瞬間、クラスメート、先輩、後輩の前で笑って見せるから正直ちょっと妬けたりする。でも俺にだけ。俺の前でだけ愛しそうに目を細めて笑う真ちゃんは酷く綺麗だから、結局、この笑顔は俺だけのなんだってほだされるのはいつだって俺の方だった。悔しい。だけど仕方ない。きっとこれが先に惚れた弱みなのだ。真ちゃんにバレぬように苦笑を漏らして空を見上げれば、真っ暗な夜空がキラリと光る。


「あ、真ちゃん流れ星!」


暗闇を走り抜ける彗星。それを指差しながら空に向けていた視線を後ろに向け、小さく息を積めた。振り向いた俺が見たのは、夜空を見上げながら瞼を閉じる真剣な横顔だったのだ。真ちゃんは変わった。一年前だったらそんな風に、流れ星を見つけるたびに願い事なんてしなかったはずだ。


「……なぁ、」

「なんなのだよ」

「真ちゃんは何をそんなに一生懸命願ってんの?」


興味本意だった。常に人事を尽くす彼がまじないごとにすがるほど叶えたい願いとはなんなのだろう。ゆっくりチャリアカーを漕ぎながらそう尋ねれば、珍しく自信なさげに俺だけの力ではどうにもならないのだよと小さく呟いた。


「……高尾は恋愛の寿命を知っているか?」

「恋愛の寿命?」


そんなものあるのかと尋ねれば、彼は短く返事をした。そうか。恋愛には寿命があるのか。ならば永遠の愛を誓う大人はすげぇ嘘つきなのかと思うと少し笑えた。


「元々、恋愛感情は脳が分泌するホルモンによって生まれる感情なのだよ」

「そなの?」

「所謂麻薬と同じだ。脳がきたす異常事態を恋愛感情だと勘違いして、その高揚感にのぼせているだけなのだよ」

「へぇー」

「そして次第に脳の異常事態は正常化し、相手への想いは薄れてゆく。それにかかる時間は長くて三年とされているのだよ」


三年。たった三年だ。恋愛映画ではあんなに好きだ、愛してると言っているのに三年を過ぎれば何とも思わなくなるのだろうか。だとしたらそんな恋愛は酷く滑稽だと思う。なら恋愛してる奴ってすげぇバカみてぇだなと笑ってやった。そしたら真ちゃんもそうだなと言って笑うだろうと思ったのに、真ちゃんからはなんの反応も窺えなかった。笑うことも、そうだなと同意されることもない。ただ小さく、だから俺は願うのだよという言葉が聞き取れたような気がした。


「真ちゃん?」

「お前は中学2年生の夏に俺を好きになったと言った」

「……うん」


そうだ。中学2年生の夏、帝光中とのバスケの試合でのことだ。俺は体育館に鳴り響くブザー音より、ブザービーターでシュートを決める彼に意識を奪われた。ボロクソに負けて悔しいはずなのに、それでもどうしようもなく彼が綺麗で、堪らなく好きだと思ったのだ。告白の時に告げたそんなことを真ちゃんはちゃんと覚えてくれていたらしい。そう思うとくすぐったくて、嬉しかった。


「もうじき、三年になるのだよ」


ポツリと呟かれた言葉にハッとする。そうか。もう少ししたら俺は《恋愛の寿命》を迎えるのか。


「だから、俺は星に願うのだよ」


高尾が少しでも長く、俺を想ってくれるように。わかっているのだよ。人の感情程不確かなものはないということも、願ったところで人の感情が覆らないということも。それでも願ってしまうのだよ。お前の想いの退化が遅くなるようにと。


「俺は高尾を好きになってもうじき一年になる。きっと、俺はお前には追い付けない」


一人でお前を想い続けるのは、きっと辛いだろうな。そう告げられて、俺は一瞬だけ息の仕方を忘れた。ジワリと滲む視界と震える肩に焦りながら、漏れそうになる声を抑える。ヤバイだろ。なんつぅこと言うんだよコイツは。いったいお前はどんだけ俺が好きなわけ?柄にもなく泣きそうになって、俺は必死になって乱れそうになる息を整えた。


「っ、バカ!」

「な!?」

「俺はずっと緑間真太郎一筋だっつぅの!!」


こんなにも好きなのに。一日一日、いや、一分一秒ごとに君を好きになる。これじゃあ退化してる暇などないだろう。そう言いながら振り向けば、不安そうに俺を見上げる翡翠の瞳がゆらりと揺れた。


「っ、すげぇ好き……」


柔らかな髪を撫でて額に口づけ、唇にも同じくらい優しく、甘いキスをした。未来のことなんてこれっぽっちもわからないけれど、願わくば、この愛が永遠でありますように。そう願いながら笑えば、真ちゃんも照れたように目尻を赤くして小さく笑った。臭いことを言うな、と彼は言うけれど真ちゃんだって充分臭いよ。でも泣きたくなるくらい、嬉しかった。


俺が彼に恋をして、三度目の夏が来る。











願いの先の未来の手前
(恋愛の定義)











2013.01.28

星にお願いする真ちゃんきゃわわ!
なんかホントに恋愛感情はホルモンによるらしいっすよ!

書いてる途中で意味不になったんですが、なんか気持ち悪いままアプしてやる(笑)

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