どうぞ笑って馬鹿にして


「俺は、お前が嫌いなのだよ」


そう告げられたのは昨日の帰り道でのことだった。俺真ちゃん好きだわ、面白いし一緒にいてて飽きねぇし。あくまで友達として受け取れるような言葉での告白。きっと真ちゃんにはこの言葉の真意に気付かないだろうからこそ言えた言葉だった。だって絶対、真ちゃんは男同士の恋愛なんて認めない。潔癖の気がある彼の事だ。もしかすると気持ち悪がるかもしれない。バスケにだって支障がでるかもしれない。そう思うと恐くて、不安で、情けなくもこうやって遠まわしの言葉でしか伝えられなかったのだ。せめて、と思った。せめて真ちゃんも俺といて楽しいと、面白いと思っていてくれればと。友達として側にいることを許して欲しかった。しかし、そんな俺の希望を打ち砕き、帰ってきたのは《嫌い》という三文字。


「んなこと言うなよ、冷てぇなぁ緑間は」


笑いながらそう言った。声が震えぬよう、必死になってそう言ったのだ。それからどんな会話をしたのかよく覚えていない。覚えていたのは真ちゃんを家まで送り届けた後、チャリアカーを漕ぎながら泣いたということくらいだろうか。辛かったのだ。どうしうようもなく。彼にとって俺は友達という枠組みにすら入っていなかったのだ。


(真ちゃんにとって、俺ってなんなんだろう)


友達ではない。ならばクラスメート?それとも都合のいい召使程度にしか思っていないのだろうか。とりとめもないことばかり考えてしまって、その日は全然眠れなかった。

翌日、いつものように緑間家へと迎えに行くと、真ちゃんは先に学校へ向かったとのことだった。もしかすると、昨日の俺の発言が理由かもしれない。潔癖な真ちゃんにとって、あの言葉はそれほど気分を害するものだったのだろうか。昨日のことを思い出し、鼻先がツンと傷む。流石にこんな朝っぱらから泣いて登校することは出来ないので、この痛みは寒さの所為だと言い聞かせた。朝練の行われる体育館へ向かうと、ダムダムとドリブル音が聞こえる。きっと真ちゃんだ。彼はいつだって朝練の始まる30分前にはシュート練を始める。


「しーんちゃん、俺を置いてくとか酷くね?」


いつもの言い方でそう言えば、真ちゃんはクッと眼鏡を押し上げながらそういう日もあると言う。んだよ、今までんなことなかったじゃんか。ムッと顔をしかめて見せれば、真ちゃんはふいと俺から視線を外してしまう。その反応に息を積めた。そんなに俺が嫌いなのか。そう思うと悔しくて、どうせ嫌いならば、どうせこのままぎくしゃくしてしまうならば本心を言ってしまおうと拳を握りしめた。


「真ちゃん」

「話しかけるな、集中力が切れるのだよ」

「なぁ、聞けよ」

「っ、聞かん!」


俺から離れようとする真ちゃんの手を取って、つなぎ止めた。手が、熱い。これは俺の熱なのか、それとも真ちゃんの熱なのか。今の俺にはよくわからなかった。それでも、もう後戻りはできない。


「俺、緑間が好きだよ」

「っ、たか、」

「恋愛感情で、真ちゃんが好きなんだよ」


わかって欲しい。拒絶してもいいから、せめて俺の想いを知って欲しかった。グッと手の力を込めれば、真ちゃんは震える声で俺は、と呟く。


「俺は、嫌いなのだよ」

「……」

「高尾が、きらい、だ」

「真ちゃ…っ!」


何でだ、と思った。何で嫌いだと言う真ちゃんの顔は真っ赤なのだと。今にも泣き出しそうなほど潤んだ翡翠の瞳は下を向き、普段の色白な頬は朱色を射したように真っ赤に染まっている。え、なにその反応。そんな顔で嫌いとか言われても……。


(期待しちまう…)


呆けたように彼の顔を見つめていると、真ちゃんは掴まれていない方の腕で顔を隠した。グスッ、と鼻をすする音が聞き取れて、ヤバイ、泣かしたと後悔した。でもそれ以上に、真ちゃんの泣いた顔が見たくて堪らない。あの綺麗な顔が歪んで涙を流す様は、いったいどんな感じなのだろう。出来る限り優しい声で彼の名を呼び、その腕を掴んで顔から引きはがして息を呑む。蒸気した頬を流れる大粒の涙に、黒縁フレームの眼鏡の奥にある翡翠が涙で揺れる様は、予想以上に綺麗だったのだ。あぁ、どうしよう、好きだ。ぎゅぅ、と大きな体を抱きしめれば、真ちゃんはヒックと嗚咽を漏らしながら俺の体にひっついた。グスグス言いながら鼻先を肩に埋める仕草はまるで子供で、かわいくてかわいくて仕方がない。


「……なんで泣くのよ」

「高尾っの所為なのだよ」

「俺なんもしてねぇじゃんよ、ただ好きだって言っただけ」

「だ、から!俺は嫌いだと言っているのだよっ!」


俺は男で、お前も男だ。だからきっと好きじゃない。こんなに動悸が激しいのも、息が苦しいのも、一緒にいたいと思いながら一緒にいるのが辛いと思うのも、全部全部お前が嫌いだからなのだよ。そう言った真ちゃんはぎゅぅぎゅぅと俺の体にくっついてくる。んな馬鹿な。いったいどんだけ恋愛事に疎いんだ。俺は真ちゃんが抱きついてきていたことに救われた。良かった。こんな真っ赤になった顔、恰好悪くて真ちゃんには見せらんない。


「なぁ真ちゃん、俺もいっしょ」

「は?」

「俺も真ちゃんと一緒だと動悸がして、息が苦しい。一緒にいたい。でも側にいると苦しくなる。なぁ、これって嫌いだからなのかな?」

「っ、い、いや、なのだよ」

「ん?」

「嫌いと言うな、高尾」

「っ!!」


お前に嫌いだと言われると、泣きたくなるのだよ。そう言った真ちゃんはスリスリと俺の首筋に鼻先をすり寄せて来る。真ちゃん、真ちゃん、真ちゃん。普段の仏頂面が崩れて、不意に見せる苦笑交じりの笑顔が好きだ。唯我独尊のようで、実は宮地サンとか大坪サンをすげぇ尊敬してるのに、素直になれずに悩む姿がいじらしい。強がりで、でも意外と寂しがりやで泣き虫なところがすげぇかわいい。もう頭の中は真ちゃんのことでいっぱいで、何も考えられそうになかった。


「大好きだ」

「たかお…」

「真ちゃんも俺が好きなんだろ?」


好きって言って。そう言いながらしょっぱい頬にキスをすると、真ちゃんは一瞬唇を震わせて、最初から赤かった頬を余計に赤くする。そしてまた俺にすがりついてから、震える涙声で「大嫌いなのだよ」と呟いた。











どうぞ笑って馬鹿にして
(大嫌いという言葉で笑う僕を)











2013.01.29

本当は真ちゃんも高尾大好きだよ!でも素直になれなくて嫌いとか言っちゃう真ちゃんキュン!!

高尾も真ちゃんの天の邪鬼っぷりをわかってて笑っちゃってます。さすがHSK!!でもこの子たちがお互い泣きながら抱き合ってたら私は興奮のあまり天に召されるような気がする。

( 47/51 )