僕の未来を君にあげる


今に始まったことではないが、俺の恋人は酷く突拍子がない。


「俺が女だったらよかったのに」


珍しく物思いにふけっているなと思えば、いきなりそんなことを言う。なんだそれはと顔をしかめてベッドで寝転ぶ恋人に視線を送れば、彼は夏空を映したような青の瞳を細め、勝呂もそう思わねぇ?、と尋ねてきた。


「阿呆や思うとったけんど、ここまで阿呆やと何も言えんわ」

「な!?」


なんだよそれっ!と上半身を持ち上げた彼にギョッとする。奥村は筋金入りの面倒臭がりで、情事後しばらくは服を着ない。それは今回も言えることで、既に行為を終えて一時間程たっているというのに奥村はその白すぎる肌を惜し気もなく俺の目の前に晒していた。首筋や鎖骨、胸元には独占欲を表したような鬱血痕。そして肩口にはたぶん無意識につけたのだろう。うっすらと噛み痕が残っているのが確認でき、それが先程の情事の激しさを彷彿とさせてカッと顔に熱がこもりだす。しかし奥村はそんな俺とは対照的に、こちらの反応の意味がわからないといった風にきょとりとしている。言葉は発していない。それでもその瞳からは何故固まっているのだという疑問がひしひしと伝わってくるようで、いたたまれなさと邪な想いを抱いてしまった罪悪感で奥村の肩から落ちた毛布を勢いよく被せ直した。


「すぐろ?」

「ちょっとは羞恥心いうもんを覚えろ!」

「しゅーちしん………」


ポソリと同じ言葉を繰り返した奥村は、毛布の中に隠れた自身の体を覗き込みプスっと軽く吹き出すように笑ってみせた。そして甘い声で俺の名を呼び、わざとらしく首筋を撫でて「男の体なのに興奮しちゃう?」と色を含んだ声で言う。その姿があまりに妖艶に見えて、ついさっき放ったばかりの熱がまたぶり返しそうになった。


「っ、おま、えは!」


カッと頭に血が上ったのは怒ったからではない。ただ恥ずかしすぎてどうにかなりそうになったのだ。それを奥村も気付いているのか、パクパクと餌を求める魚のように口を世話しなく動かす俺を見て、悪戯が成功した子どものように笑って「勝呂ってかわいいよな」などと言う。阿呆か。俺が可愛かったらお前は何に分類されるんや。毛布にくるまり、俺の顔を見つめるその表情はやっぱり可愛くて、簡単に許してしまいそうだったからふいと奥村に背中を向けた。毎回毎回奥村に振り回されるのは、まるで彼の手の内で転がされているようで悔しい。ムッとしたままに床に落ちていた俺のパーカーをベッドに放れば、モソモソと、ゆっくりではあるが着替えているらしい音が聞き取れた。


「すぐろー、おこった?」

「…別に、怒っとらん」

「ごめん。な?怒るなよ」


拗ねたような口調で謝った奥村は、スルリと俺の首筋に腕を回す。俺の貸したパーカーはやはり奥村には大きすぎたらしく、袖部分が多く余っていて、前まではこの体格差が浮き彫りになってしまうのを嫌がってこうも簡単には袖を通してくれなかった事をふと思い出した。「うー、」と小さく唸りながら猫のように俺の首筋に鼻先をすり寄せるこの行為は奥村の十八番。こうすれば俺が奥村を甘やかしてしまうということをわかっていてこういう事をしてくるのだ。案外、彼はしたたかである。


「……なぁ」

「ん?」

「やっぱり俺、女に生まれたかった」


またさっきの話かと溜息を吐いた。奥村の突拍子もない発言に苦笑しながら、何故そんな事を思うのかと尋ねれば、彼はぷくっと頬を膨らませて「だってな」と怒ったように口を開く。


「女はおっぱいがあるけど男にはない!」

「……当たり前やろ」


呆れながらそう相槌を打てば、パッと離れた奥村は自身の胸を押さえて不機嫌そうに顔をしかめて見せたかと思えば、次の瞬間には酷く寂しそうな、泣きそうな顔をする。コロコロ表情が変わるのは奥村のいいところだ。しかし、そんな悲しそうな顔をされるのは本望ではない。出来る限りの柔らかな声で名前を呼べば、奥村はベッドから乗り出すようにして俺の顔を覗きこんだ。やっぱりその瞳は若干潤んでいる。


「勝呂はさ、俺の体抱いてて嫌じゃねぇ?」

「は?」

「だって女みてぇに柔らかくねぇんだぞ?」

「ほんなんお前かて同じやないか」


むしろ自身より体格のいい男に抱かれて嫌じゃないのか。そう聞き返せば奥村は驚いたように目を見開いて「んなわけねぇだろ」と言う。


「俺はいいんだ。勝呂が好きだから」

「俺かて奥村が」


好きや、という言葉はキスによってふさがれた。触れるだけのキスをする奥村の唇は、小さなリップ音を残して離れて行く。


「……やっぱり女がいい」

「なんでほないに性別にこだわるんや」

「だって、」


女だったら、勝呂の赤ちゃんうめるだろ。


そう言った奥村は、決して命など宿るわけのない下腹あたりを撫でた。その所作はどこか儚げで、小さく息を呑んでしまう。


「俺は勝呂が好きで、勝呂も俺が好きで。そんでいっぱい好きって言って、キスして、えっちして。女だったら人目も気にしねぇで手ぇ繋いでデートとかしちゃってさ」


その後結婚とかして。子どもができたら名前なににする?とか女の子かな、男の子かな、とか幸せそうに話したりしするんだ。

一思いにそこまで話した奥村は、ハッとしたように一度だけ目を見開き、次の瞬間には俯いて唇を噛んだ。下から覗き込むようにして「奥村?」と名前を呼べば、ビクリと小さく肩が震えた。


「ごめん、違うんだ」

「どないした?」


優しくそう問いかければ、奥村はチラリと俺の顔を窺う様に見つめてから、向き合った俺の肩に額を乗せてくる。


「……女になりたいのは、ただ勝呂を束縛したかったからなんだ」


異性ならば結婚や子どもなど、相手を繋ぎ止める、言わば契約じみたものがあるのに対し、男同士はあまりに不安定だ。相手を法的に繋ぎ止めるこてもできなければ、妊娠などの既成事実も存在しない。奥村はそれが酷く不安なのだという。いつでも離れてしまえる関係。その上世間から賛同されることも少なく、公に交際することも難しい。


「ただでさえ俺は青閻魔の子なのに、その上男じゃいつか勝呂が、離れて行くんじゃないかって」


声が掠れていたのは恐怖からか、はたまた泣きそうだったからか。どちらにしろ表情を窺うことのできない俺にはわからない。それでもどうにかしてこの愛しい人の不安を拭ってやりたくて、俺より随分小さな肩を抱いた。


「阿呆やなぁ」

「?」

「俺は奥村が好きや言うとるやろ。いい加減自分に自信を持て。俺がこないに愛しとるんやから」


苦笑しながらそう言って、あやすようにぽんぽんと軽く頭を撫でた。男とか女とか関係ない。俺が好きなのは《奥村燐》という一人の人間なのだ。


「………最初は手ぇ繋いでデート、やったか?」

「え?」

「行きたいんやろ?あー、後結婚やけど、それはもおちょぉ大人になってからやな。お互い自立してからにしよ」

「す、すぐろ?」


苦笑しながらそう言えば、奥村はおずおずと顔を上げて問うてくる。全部本気で言っているのかと。その時の奥村の表情は不安と驚きが入り交じったようなもので、初めて見るその顔に笑ってしまった。


「全部本気や。まぁ、子どもは流石に無理やけど、その他のことならなんでも叶えたる」


ずっと一緒におるよ。デートかて、行きたい言うならどこでも連れてったる。す、好きや言うんは気恥ずかしいてそない何回もは言えんけんど、奥村が不安にならんよう、ちゃぁんと伝えるよ。


「せやから、女になんぞならんでえぇ。俺は今の奥村燐が好きなんや」


そう言って笑い、柔らかな髪をくしゃりと撫でる。少し尖った耳の辺りを、まるで猫のようにくしゃくしゃ撫でてやれば、奥村はこれでもかと目を見開き、ふるふると震えながら顔を真っ赤にした。耳の端までジワジワと赤くなる様は酷く愛おしい。


「っ、うそ、じゃねぇ?」

「ん?」

「お、男だし、青閻魔の子だし、料理以外なんもできないのに、ほんとに、俺でいいのか?」


後悔しない?真っ赤な顔して涙を貯めて、長い睫毛を震わながらそんなことを聞く奥村に、俺は吹き出すように笑ってしまった。やっぱり、奥村は阿呆だ。


「奥村でえぇんやない。奥村がえぇんや」


そう言って笑えば、奥村はくしゃりと顔を歪めて今にも泣き出しそうな顔をする。潤む瞳はゆらゆら揺れて、その様がどうしようもなく綺麗だった。


「っ、勝呂、キス………」

「ん、えぇよ」


グッと体を持ち上げて、ベッドの上で瞼を閉じて待つ奥村の唇に自身の唇を押し付けた。子どものように幼気な、触れるだけのキス。それでも奥村は幸せそうに、愛おしそうに目を細めて俺の名を呼んだから、やっぱり俺は奥村がいないとダメなのだなと、同じように目を細めてその小さなく暖かな体を抱き締めた。











僕の未来を君にあげる
(この想いは愛してるだけじゃきっと足りない)











2012.12.06

久々に勝燐!
何か重い(笑)
だけどこんな勝燐おいしいですじゅるり。

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