たんぽぽの唄


勝呂が5→15歳
燐が12→22歳
燐がひとりっこ
いきなり獅朗の葬式



「……っ、ひっ、う、うぇっ」


誰もいない部屋の片隅。葬儀の最中も堅い表情を崩さなかったその人は、嗚咽を噛み殺すように泣いていた。


(……泣いとる)


驚きだった。父親の葬儀だというのに彼は全然表情を変えなかったから、きっと心の冷たい冷酷人間なのだろうと勝手に思っていたから。しかしそれは違ったようで、彼は何度も何度も「父さん、父さん」と繰り返していた。その姿が幼心にもあまりに痛々しく見えたのだろう。この時の俺は、誰にも気付かれないように泣くその人をなんとかできないかと必死になって考えていた。元々そういった類いのものは苦手なくせに、何故かその人の涙だけは止めてやりたくて仕方なかった。


「う、ひっく……っ」

「……なぁ」

「!」


声をかければ直ぐ様パッと持ち上がる彼の顔。その時に見えた夏空のように真っ青な瞳が涙で濡れる光景はあまりに綺麗だったから、いやに印象が強かった。


「もう泣かんで?」


不器用に差し出したのは一輪のたんぽぽだった。今思えば、こんは風に他人に花を贈ったのは後にも先にもコレだけだ。

慰めるつもりはなかった。《大丈夫》と励ますつもりもなかった。その時の俺はただ単に彼に泣き止んでほしかったのだ。


「…………」

「コレやるから。もう泣かんで」


どこにでも生えているその黄色い花をグイグイ押し付けながら必死になってそう言うと、彼はおずおずと俺からたんぽぽを受け取って小さくコクリと頷いた。しかし、それでもやっぱり泣き止んではくれなかった。




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日課のランニングから実家である《虎屋旅館》に帰って来ると、入り口のすぐ傍に竹箒を抱えて地面にしゃがみこむ男の背中が見えた。足元には小さなクロネコが腹を見せながら寝転んでいて、彼の綺麗な白い指はその腹を円を描くように撫でている。


「燐、なにサボっとるんや」

「いてっ!」


竹箒をひょい、と奪って柄の方を彼の頭に軽くぶつける。すると彼は頭をさすりながら「サボってねぇよ、バカ」と小さく悪態を吐いた。ジロリ、とコチラを見上げるように軽く睨む青の瞳はあまりに迫力が無くて苦笑が漏れる。


「ランニングの帰りだよな?ちゃんと朝飯も弁当も用意できてっからさっさと食ってこい」

「おん」


彼、奥村燐はうちの旅館で住み込みで働く板前兼雑用係だ。そして何故か昔から、俺の世話役(弁当とか)は必ず彼に任されていた。

額を流れる汗を拭いながら門を潜ると、不意にグッとジャージを引っ張られた。どうしたのかと振り向くと、いきなり耳元に何かを差し込まれる。いや、今はそんな事よりもこの異様に近い距離にどぎまぎしてしまう。


「な、なんや」

「…もぅこんな季節なんだなぁ」

「っ!」


スリッ、と耳を撫でられて息を呑む。なんだこれは。恥ずかしい、などという言葉だけでは言い表せないような羞恥心や焦りでパッと体を彼から引くと、ヒラリ、とたんぽぽの花が地面に落ちた。


「あ、コラ。急に動くなよ」

「っ、阿呆か!男に花なんやつけるな!」

「んだよ、いいだろ別に」


昔は竜士が俺にくれたじゃん。そう言って彼は拾い上げたたんぽぽを指先で摘まんでクルクル回す。その表情は楽しげだ。


「あの頃は可愛かったのに。《泣かないで》とか言いながらたんぽぽくれたりさ」

「う、うっさいわ!もう忘れぇ!」

「絶対やだ」


ククッ、と笑いながらたんぽぽを自分の耳の裏に挟んだ彼は、真っ赤になる俺を残して門の外に出た。











たんぽぽの唄
(キミの笑顔が見たいだけ)











こんなにからかわれるネタにされるなら、たんぽぽなど渡さなければよかった!そう思いながらもご機嫌に鼻歌を歌う彼を見てしまえば、結果的には良かったのかもしれない、なんて思ってしまったのは気の所為ということにしておこう。











2012.04.05

《補足》
獅朗の葬儀は昔からの友人の逹磨さんが請け負いました。そんで一人っ子の燐は勝呂家に引き取られ、現在は旅館で住み込みで働いてます。

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