僕の世界の綻び


食べ物は好きだ。たこ焼きやケーキ、ラーメン、寿司。物質界には虚無界にはない美味しい食べ物がたくさんあって凄く、楽しい。まぐまぐ、と兄上に貰った(というか理事長室から勝手に拝借した)チョコを食べながら、ただぼんやりと道を歩いていると、目の前を一匹のネコが走り去っていく。動物も好きだ。ネコや鳥。気ままに動くその姿は見ていてあきない。たまに理解に苦しむような馬鹿な行動をとるが、それも面白いと思う。ふと路地裏の入口からジッとコチラを伺う子猫を見つけ、なんとなくしゃがみこんでチッチッチ、と手を伸ばしてみると、彼女は威嚇するように毛を逆立てて「シャーッ」と鳴いて走り去ってしまう。


「嫌われてしまいました」

「誰にですか?」

「……あ、」


ぽつりと呟いた独り言への返答に少しだけ驚いて振り向くと、そこには稲穂色の柔らかそうな髪をした着物姿の女たたずんでいた。ポカン、と下から見上げると、彼女はふにっと音がしそうなくらい情けない笑みを浮かべる。


「アマイモンさんこんにちは」

「こんにちは」


素直に挨拶を交わし立ち上がると、思いの外彼女が近かった事に驚いた。無意識に一歩体を引くと、彼女はきょとりと目を丸くする。何故離れたのだ、と言いたげな表情をされても困ってしまう。こっちだって無意識なのだからその理由はわからない。


「……買い物中ですか」

「うん。お母さんに頼まれたの。アマイモンさんは?」

「おさんぽです」


今日は天気がいいので、と言う僕の言葉に彼女はコテン、と小首を傾げながら空を見上げた。


「……曇ってるよ?」

「悪魔は薄暗いのが好きなんです」


パクリとチョコを口に含みながらそう言うと、彼女は「へぇ」と可笑しそうに笑う。


(……やっぱり人間は可笑しな生き物だ)


何故こんななんでもない天気の話で笑えるのだろう。一気に3つ程口の中に放り込んだチョコをまぐまぐと食べながらぼんやり考えるが、人間の心理を考えるほど不毛なことはないだろうと思い立ち、さっきまでの思考を頭から削除した。


「好きなの?」

「?」


不意に尋ねれた質問に瞬きした。


「チョコレート。いっぱい食べてるから」

「基本、物質界の食べ物は好きです」


ペロ、と指先についたチョコを舐めながら「特に甘いものは美味です」と呟いた。色々なものを食べてきたが、甘いものが特に美味しく感じる。そう言うと彼女は思い出したというようにハッとして、買い物袋をあさりだした。どうしたのかと彼女のつむじを眺めていると、不意にパッと顔があがる。


「コレどーぞ!」

「なんですか?」


コロン、と手の中に落ちたのは2つの小さなサイコロだった。質問の答えを待たずにペリペリとフィルムを剥がせば、ふわりと甘い香りが香る。


「お買い物のオマケで貰ったキャラメルだよ。もしかして嫌いだった?」

「いえ、好きです」


パクリと手の中にあるキャラメルを口にすると、彼女は「よかった」と言って笑う。その笑顔を眺めながら、むぐ、と小さく口を動かした。











僕の世界の綻び
(君といるとほんの少しだけ素直になれる気がした)











手の中に鎮座するキャラメルを眺め、なんとなしにフィルムを剥がして彼女の口元に押し付けた。ムグッ!とヘンテコな声を上げる彼女に小首を傾げ、グイグイとさらにその唇に押し付ければ、彼女は堪忍したように口を開いてキャラメルを口にする。


「ん、む?なに?」

「甘いものは一緒に食べるともっと美味しいらしいです」


兄上が言っていました。そう言ってジッと彼女の口元を眺めていると、不意にふわりとキャラメルの香りが鼻を撫でた。


(…………あ、甘くなった)


気の所為か、彼女からキャラメルの香りが香った瞬間、キャラメルの甘さが増したように思う。あながち、兄上の言葉は嘘では無かったようだ。











2012.04.05

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