君想い培養液祓魔塾で出された課題を解いていると、目の前でむぅ、と唇を尖らせて教科書を睨んでいた奥村が「なぁ」と小さく呟いた。この部屋にいるのは俺と奥村だけで、その呼び掛けは俺に向けられたというのは明確だ。「んー」と適当に返事をすれば、ちょっとムッとしたように奥村が手を伸ばして俺のノートをパタパタ叩く。「なぁなぁすぐろー」と何度も呼びかけるので、こちらも少しだけムッとした。
「なんやねん、しつこいな」
「呼んでんだからこっち向けよ」
顔を見ないで話すだなんて失礼だ。そう言った奥村は本当に不機嫌そうだった。そしてふといつもの奥村を思い出し、あぁそうかと納得する。そうだ、奥村はいつだって相手を見据えながら話しをする奴だった。相手の目を見て話す。それはきっと、彼の父親の教えなのだろう。確か前に聞いた話では、奥村の父親は祓魔師であり、神父だったらしい。人と多く関わる仕事に就いていたからこその教えだったのだろうと、そんなことを一瞬考えた。
「ん、堪忍」
だからこそ素直に謝ったというのに、奥村はそれを聞いた途端にパチパチと瞬きを繰り返して見せた。どうやら謝られるとは思っていなかったようだ。
「別に謝ることじゃねぇけど」
「やけど不快にさせたんやったら謝らなな」
そう言って小さく笑ってやれば、奥村の頬に朱が映える。最近わかった事だが奥村は俺の笑顔に弱い。俺から言わせればこんな厳つい奴の笑顔より志摩や子猫丸の笑顔の方がまだ《可愛らしい》部類に入ると思うのだが、どうやら奥村に言わせれば俺の笑顔も《可愛らしい》部類に入るらしい。それを聞いた時は、コイツも大概変わっているなと顔をしかめたものだ。
「で?なんや?」
シャーペンを置きながらそう尋ねると奥村は困ったように眉間にシワを寄せ、ぶわわと頬を染めた。そしてプイと顔を背けて頬杖をつく。
「奥村?」
「……う゛ー」
「どないした」
「その、特に用があるってわけじゃ、ない、けどさ、その」
「?」
歯切れの悪い口振りに疑問を持ちながら奥村の発言を待っていると、彼は悔しそうに歯噛みしてまるで怒鳴るように言葉を吐き出した。
「キ、キスしたかったんだよ!バカ!」
「っ、は、はぁ!?」
なんだそれは!驚きと羞恥心で瞬時に顔を真っ赤にすれば、奥村は「作戦失敗、」と呟いて顔を俯かせた。話によると、サラリと会話をするように誘うつもりだったという事だった。
「…………阿呆やな」
「うっせぇバカ」
イチャイチャしたかったんだ、と耳まで真っ赤にしてそう言う奥村が愛しかった。今にも泣き出しそうな涙を蓄える青の瞳を見つめ、優しくその目尻を指先で撫でる。なんだよ、と少しだけ不機嫌そうなその表情に苦笑を漏らしながら、体を乗り出して机越しに触れるだけのキスをした。
君想い培養液
(そろそろ想いが溢れそうです)
「……ほんま、かいらしぃな」
ふっと口元を弛めれば、奥村は目をまんまるに見開いた。
「勝呂だって、いっつもカッコよすぎんだよ、バカ」
悔しげにそう言った口振りは投げやりだったが、その表情からは素直な俺への好意が露になっていたから、俺はまた笑ってしまって。まるで催促するように瞼を閉じて顔を近付ける奥村に、もう一度唇を寄せた。
2012.03.26
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