上手な猫の手なずけ方


パタン、パタンと揺れる綺麗な尻尾を眺めながら、俺は密かに手の内に忍ばせたあるモノを握りしめ、コクリと小さく喉を鳴らした。ドキドキと早まる心音を感じながら、俺は目の前の黒猫に向けてそれを手放した。


―カタカタカタカタカタカタ―


「…………」

「あれ?無反応?」


ゼンマイの小さな音を立てながら走ったネズミのオモチャは、彼にかまって貰うことなく壁にぶつかってしまった。ちょっとくらいは触ってくれるだろうと淡い期待を抱いていた俺からすれば、これはかなりつまらない結果だ。パタパタと小走りにオモチャの元へ駆け寄り、虚しく壁に頭を打ち付けるネズミを拾い上げる。けっこう高かったのにな、ちぇっ。唇を尖らせていると不意にガッと襟首を掴まれて後ろに引っ張られた。うげっ、と変な声を上げながら尻餅をつくと、グッと後ろから羽交い締めのように首を固定される。


「てめぇ、これはどういうつもりだ」

「これってなんだ?」

「そのアホみてぇなオモチャの事だ!舐めてんのかコラ!」


フーッ、と二等辺三角形の耳とピンと伸びた尻尾の毛をぶわりと逆立てながら尖った犬歯を覗かせて怒る我が家の飼い猫、ゾロはかなり不機嫌そうにそう言った。ありゃ、喜ばせるつもりが怒らせちまった。失敗失敗。


「だってゾロは猫だしよぉ、たまには遊んでやろうと思って」

「その心遣いは買ってやるが、んなもんで遊ぶのはガキだけだ」


俺はもう成人してんだ。フン、と鼻を鳴らしてそう言ったゾロは、スルリと腕を下にずらしてぎゅう、と俺の体を抱き寄せる。まったく、まだこんなに甘えん坊さんなのに成人(猫の場合成猫か?)してるだなんて信じらんねぇぞ。首をほんの少し右にずらして上向けば、俺の額にゾロの顎が触れる。ゾロは猫のくせに俺よりずっと背が高いんだ。でっけぇなぁとぼんやり考えながら腕を伸ばし、鮮やかな緑色の短い髪を撫でればまるで自分から擦り付けるように擦り寄ってくるから、あ、やっぱりゾロは猫だと笑みを漏らした。可愛いなぁ。こうやってたまに甘えてくるから猫は堪らない。いや、これは『猫だから』じゃなくて『ゾロだから』と言った方がいいのかな。


「ゾロは成人しても甘えん坊さんだな」

「うっせぇな」

「……猫じゃらしでなら遊ぶか?」

「絶対嫌だ」


それは俺のプライドが許さねぇ。そう言ってガブリ、とゾロは俺の首筋に噛みついた。


「いっ、て!コラ!まだ噛み癖なおんねぇのか!」


ベシッと顎を軽く殴りながら叱ると、ゾロはムスッと顔をしかめる。人の体に噛み付くのはゾロがガキのころからの癖で、成人した今でもなかなかなおらず、飼い主の俺は日々悪戦苦闘中なのだ。


「ふん、一生なおす気なんかねぇよバカルフィ」

「っ!主人への態度がなってねぇぞバカネコー!」











上手な猫の手なずけ方
(なかなか難しくて大変です)











噛み付かれた首筋を擦りながら、テレビ台の上に置いてあった霧吹きを持ち出した。瞬間、ビクンッと警戒の意志を示したゾロの尻尾を確認しながらも、ここは心を鬼にして霧吹きを噴射する。


「ーーっ!!」


霧吹きから出たのは数倍に薄めたお酢だ。人間の俺には臭わないけれど、猫であるゾロの嗅覚では話は別。ツン、とした臭いがするのか、ゾロはパーカーのフードをかぶって体を丸くしながらソファのクッションに顔を埋めた。よしよし、嫌がってる嫌がってる。これでちょっとは反省しただろうか。俺はふぅと息を吐き、ゾロの飯を用意すべくワイシャツの袖を捲って台所に立った。











2012.03.07

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