相合い傘


朝から降っていた雨粒は、寒さの所為か、いつの間にやらほんの少し霙(ミゾレ)のようになっていた。スーパーの重いドアを押し開けた瞬間、ヒヤリと頬を撫でた痛いほど冷たい風から顔を守るように首に巻き付けたマフラーを引き上げると、右手に持ったビニル袋がガサリとかさばるような音を立てた。袋の中身は白菜にシメジ、豆腐という鍋の定番食材だが、それは二人分にしては両が多すぎる。しかし、今頃家で待っているだろう俺の恋人はほそっこい体に似合わず大食いなので、今回も特に問題ないだろう。きっとアイツにかかればこんなのはすぐペロリ、だ。目の前にくゆる白い息と、重そうに寒空から落ちる霙をしばらく眺め、本格的に降りだす前に帰ろうと入口付近にある傘立てに歩みより、ハッとある事に気がついた。


(そういや傘持って来てねぇ)


丁度スーパーに来るときは雨がやんでいたので、傘を持ってきていなかったのだ。マンションまで走って帰れない距離ではないが、さすがに荷物を持ったまま走るのは億劫だ。どうしたものかと悩みながら、やっぱり走って帰るかと、ぐちゃぐちゃに濡れた道に足を踏み出し、数歩歩みを進めれば、不意に真っ赤な傘が頭上に伸びた。


「おひとりデスカ?」

「おひとりですがナニカ?」


同じ傘の中でトトトッ、と隣に並んだ相手に笑みを漏らし、コツリと俺より低い位置にある頭を軽く小突いた。


「待ちきれなかったか?」

「んにゃ、雪降ってんのにゾロの傘がおきっぱなしだったからよ」


シシッ、と笑う幼げな少年ともとれる男(こう見えてコイツは25だ)、ルフィは「俺って気が利くだろ」と胸を張る。いつも世話を焼いてやるのは俺の方なんだが、と苦笑を浮かべ、でも確かに今回は助かったなと礼を言いながらくしゃりと頭を撫でてやると、ルフィはまるで犬が飼い主に擦り寄るように体をこちらに寄せてくる。あぁ、くそ。照れ臭そうに笑う姿が酷く愛らしく見える。たぶんこれは恋人の欲目なんてもんじゃないはずだ。


「今日は鍋か?」

「昨日食いてぇっつってたろ」

「おぅ!なぁなぁゾロ、肉は?肉は買ったのか?」

「今月は金銭的にヤベェからな。豚肉しか買えなかった」

「肉ならなんでもいいぞ!」


にっく!にっく!!と楽しげに体を揺らしながら歩く姿はいつもの事ながら実年齢より幼く見える。これで俺より5つも上なのだから本当、童顔にも程があるだろ。むしろ俺の方が歳上に見られるくらいだ。でもまぁ、仕方ないか。ルフィは童顔なのは勿論、身長も低いし声も心地よいテノール。その上行動も子供っぽいのだから、長身で体格もいい、お世辞にも『優しげ』とは言えない強面な俺の方が大人っぽく見えるのは自然の摂理だ。それに俺としては結構気分がいい。しかしルフィからしたらどうにも面白くないようで、前に童顔の事を軽くからかったら「ゾロの老け顔!」と痛いところを突かれ、1週間口を利いてくれなかった。たぶん本人にはそんな反抗が子供っぽいのだということに気付いていないのだろう。そう思うと余計に笑えた事を思い出していると、不意にバスッ、と傘の先が頭に当たる。


「……っ!」

「あ、悪ぃゾロ」


ケロリとした風に謝るが、傘の先は結構痛い。「気をつけろよ」と諭すように言うと、ルフィは「わかったわかった」と頷くのだが、しばらく歩くとまたバスッ、と今度は額に骨組み部分がぶつかった。


「……てめぇ、わざとか」

「ちげぇよ!ゾロがでかすぎるから傘持ってる手が疲れるんだ!」


もっと小さくなれ!と無理難題を言い出すルフィに溜め息を吐き、「俺がさすから替われ」と食材の入ったビニル袋を差し出し、替わりに手を伸ばして傘の柄を掴んだ。うわ、ルフィの手、めちゃくちゃ冷てぇ。受け取る際に触れたルフィの手は酷く冷たくて驚いた。


「うひゃひゃ、はじめからこーしてたら良かったな」


軽く鼻をすすりながらそう言ったルフィはガサガサとビニル袋を音立てながら歩く。道路は次第に雪で白くなり始め、霙もいつの間にやらフワフワとした雪になりつつあった。天候や気温もそうだが、なにより早く帰らねぇとルフィが風邪をひいちまう。出来るだけ急ごうと歩幅を少し広め始めた頃、いきなりルフィは嬉しそうに小さく笑った。


「なぁ」

「あ?」

「相合い傘ってさ、なんか恋人って感じするよな」

「!」

「シシッ、なんか嬉しいかも」


くそ、なんだコイツ。可愛すぎる。にやける顔を見られまいと、ふぃと顔を逸らしながら「そうか」と素っ気ない返事をした。


「腕が疲れる」

「そーだけど」

「歩きずれぇ」

「そー、だけど」

「あと、こっ恥ずかしい」

「うー、ゾロは嫌なのかよ」

「…まぁ、たまにはいいかもな」

「っ!だろっ!」


嬉しそうに笑いながら「迎えに来て良かった」、だなんて言う姿にらしくなくキュンとしてしまって、クソ寒いのに広めた歩幅を元に戻し、気持ち、ゆっくり歩いた。











相合い傘
(今にも触れそうな肩にドキドキした)











2011.12.27

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