きらきらバイト先である喫茶店から外に出ると、そこにはいつものように緑髪のクラスメート、ロロノア・ゾロが様になりすぎるヤンキー座りで待ち受けていた。マフラーを口元まで引き上げたゾロは、少し視線をこっちに向けて、すぐにふぃと下にそらす。良く見ると足元にはすぐにでも闇に紛れてしまうような黒猫がじゃれていて、「野良猫か?」と聞けば、「ん」と酷く短い返事が返ってきた。相変わらず無愛想だと苦笑しながら、立ち上がるゾロの隣に並ぶと、トンッと俺の肩がゾロの腕に軽くぶつかった。
「おまたせ」
「おぅ」
「寒かっただろ?中で待ってればいいのに」
「いや、さっき来たばっかだから」
嘘つき、と俺は密かに唇を尖らせる。ゾロの緑髪は良く目立つのだ。どこにいたってわかるんだからな。「ばーか、すげぇ冷てぇじゃん」そう言いながら寒さの所為でほんのり赤くなっている頬を指先で引っ張ってやると、ゾロは驚いたみたいに体をビクつかせてすぐに俺から身を引いた。気の所為か一気に顔全部が赤くなったような気がする。
「さ、むくねぇよ」
「そっかぁ?あ、なぁゾロゾロ!腹減らねぇ?」
右手に持っていた喫茶店の紙袋を漁り、中から店長に貰った焼きたてベーグルを取り出した。新作でまだ試作品らしいけど、店長が作ってんだから美味いのは確実だろう。俺は試作品の中で一番旨そうなのを半分こにして、隣でジッと俺の行動を観察しているゾロに差し出した。いっつも待っていてくれるお礼。そう言ってニシシッと笑うと、ゾロは一度マフラーに顔を埋めるかのように首をすくめて、「ありがとな」と俺の手から半分になったベーグルを受け取った。ぱくん、と口いっぱいに頬張って、想像以上の美味しさに「うんめぇ〜」と絶賛すると、ゾロも同じように「うまいな」と呟いた。
ゾロと知り合ったのは高校に入ってすぐ。偶々同じクラスになって、偶々席が隣で、そして偶々バイト先がすぐ近所だった。俺はこの喫茶バラティエ、ゾロはここから10メートル程離れたサニーマートというコンビニでアルバイトをしている。それを知ったのは本当につい最近で、それ以来バイトからの帰り道は一緒に歩くようになった。ゾロは長身でイケメンだけど、無愛想で無口。その所為でちょっと近寄りがたかったんだけど、話してみると話しやすくて、すぐに打ち解ける事が出来た。あとゾロは方向音痴という意外と可愛らしい欠点があるのに気付いたのもつい最近だ。
「うぃっくしっ!」
「風邪か?」
「うんにゃ、誰かウワサでもしてんじゃ……くしゅっ!」
「ったく、ちゃんとマフラーを巻け」
ぐずぐずと鼻をすすると、ゾロは呆れたように俺の首に適当に巻かれていたマフラーをしっかり結ぶ。その時にゾロの冷たい指先が何度か首筋を撫でて、その冷たさとくすぐったさにひょい、と軽く首をすくめた。
「ん、これでいぃだろ」
「おぅ、ありがとな!てかゾロの手冷てぇ!」
「!!」
結び終えて再度隣に並んだゾロの手をギュッと握ると、大袈裟なくらい大きくゾロの手が震えた。ほらな、俺よりずっと冷てぇ。そう言って俺の手の熱を移すようににぎにぎと何度も握ったり緩めたりを繰り返せば、ずっと硬直したままだったゾロの手がぎゅうっ、と俺の手を握った。いきなりの事でびっくりして一瞬肩をビクつかせたけれど、「ルフィの手は暖けぇな」という思いの外優しげなゾロの声に力が抜けた。なんかゾロの声って落ち着くんだよな。
「ゾロの手が冷てぇだけだぞ」
「いや、ルフィが子供体温なだけだろ」
「ムッ!子供とはなんだ!失礼だな!」
にぎにぎ、にぎにぎにぎ。互いに互いの手を握りながら、冷たいだの暖かいなど言ってゆっくり歩く。ゾロは俺より背が高いからか、やっぱり手も大きくて、それが悔しい反面、なんだか酷く安心した。ニシシッ、と笑みを漏らしながら、ゾロの上着のポケットに握ったままの手をつっこんだ。でかいポケットだったけど、俺とゾロの両方を突っ込まれたそこは酷く窮屈そうだ。
「なにしてんだルフィ」
「シシッ、ゾロー」
「あ?」
「さみぃからこのまんま家まで帰ろうぜ?」
暖けぇじゃん、と笑いながらそう言えば、ゾロはふぃと視線をはずして「しかたねぇな」と呟いた。
きらきらが降り注ぐ夜闇の中
(君の体温だけが僕の道標)
2011.11.25
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