レモン味


カチリ、と静かな図書室の一角で歯と飴が軽くぶつかる音がした。参考書やら辞書やらが大量に並ぶ本棚の前、俺は目当ての本を探すように几帳面に並ぶ本を指の腹で撫でながら、チラリとすぐ後ろにたたずむ奥村に視線を送る。特に何をするでもなく、棒付きキャンディーを食べる奥村は、たまに大きな欠伸を漏らしながらもずっと俺の後ろに立っていた。その勉学に対してあまりに呑気なその姿はいつもの彼なのに、つい先程見てしまった光景がフラッシュバックするように脳裏に浮かぶものだから、無意識にムッと眉間にシワが寄っていく。


「……なぁ」

「ん?」

「奥村は、その……男と付き合うてるんか?」

「は?」


なにそれ。ポカンとしながらそう言った奥村は一度考えるように目を見張ったが、すぐに気付いたというように「あぁ」と小さく呟いた。


「付き合ってねぇよ。ただキスしたいって言われたからしただけ」


コイツは頼まれたら男とでもキスをするのか。なんでもないというように話す奥村に目を見張りながら、やはり視線は彼の唇へと向いてしまう。綺麗な整ったその形や、男にしてはふっくらしてそうな唇は確かに気持ちが良さそうだ。例えるならそう、マシュマロだ。たぶん。その上、今は飴を食べている所為かテラテラと軽くテカっていて若干色っぽい。


(……キスしたら、気持ちえぇんやろな)


ぼんやりとそんな事を考えていたら、奥村はおもむろに棒付きキャンディーを口から出して、ずいと俺の方に近づいた。どうしたのかと咄嗟に唇に向けていた視線を外したが、次の瞬間にはぼやけるくらい近くに奥村の顔があり、その上自分の唇には柔らかな感触。キスされていると気付いたのは、ゆっくり離れていく奥村の唇から吐かれる甘い甘いイチゴの香りがふわりと香った時だった。











ファーストキスは何味か?
(レモン味には程遠い、あまいあまいイチゴ味)











「な、なにすんねや!」


手に持っていた参考書を床に落とし、すぐ傍にある奥村の肩を掴んで引き剥がす。ドクドクと加速する心音はこの際無視を決め込んで、我ながら優し気とは言い難い目で奥村を睨む。そうすれば奥村は少し驚いたように目を見開いて、「あれ?」と呟いた。


「ジッと見てるからキスしてぇのかと思って。違ったか?」

「っ!」


確かに気持ちが良さそうだとは思ったが、実際自分がしたいというような邪な想いは無かったはず。俺は自身の唇から香る甘いイチゴの匂いに息をつめながら、落とした参考書を拾う。あぁ、クソッ!ファーストキスはレモン味やなんていったい誰が決めたんや!











2012.03.13

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