ずっとずっとまえから


不意に掴まれ引き寄せられたかと思えば、いきなり、本当になんの前触れもなく唇を奪われた。見開いた視界の中に映るのは酷く整った奥村の顔。それを意識した途端心臓が可笑しな動きをしてカッと体温が上昇したが、それを冷ますようなチリッとした痛みに息を呑んだ。痛い。まさか噛み付かれるとは。唇の端を噛まれ、じんわりと口内に血の味が広がるのを感じる。一瞬怒りのような感情も芽生えたが、唇が離れた際にはっきりと見えた奥村の顔に、あぁ、キスしたんだなと実感してカァッと顔に熱が溜まった。


「俺が好きなのは勝呂だって言ってんだろが!」


どんだけアピールしたら気づくんだよ鈍チン!そう叫んだ奥村は激しく怒っているようだったけれど、どこか泣きそうな顔に見えたのは何故だろう。掴まれた胸ぐらを乱暴に離され、俺は軽くよろめいて呆けたように奥村を見つめていた。まさかまさかまさか、あの奥村が俺を好いていてくれただなんて。驚きと混乱で突っ立ったままに奥村を見つめていれば、彼は顎を少しだけしゃくるように上げながら、それはそれはふてぶてしく、盛大に鼻を鳴らしてみせた。











ずっとずっと前から
(両想いだっただなんて!)











踵を返して廊下に走り出た奥村の背中をポカンと見つめていたが、直ぐ様我にかえって後を追う。廊下に飛び出して「奥村!」と叫んだか、彼はチラリとコチラを一度見ただけだ。


「っ、絶対捕まえたるからな!」


グッと奥歯を噛み締めて、既に角を曲がった背中を追い掛けた。











2012.03.11

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