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「まさか、こんなことになるなんて…」
途方にくれた様子でそう呟くと、目の前の中年の男性は自身が書いた本を目の前に頭を抱えた。
「当麻先生、お茶いかがですか?」
「ああ、ありがとうございます。いただきます。」
意気消沈した様子で時折髪を撫でながら七恵の出したお茶を啜る。身を守るため、髪型や眼鏡まで変えさせられたことがまだどこか腑に落ちていない様子だった。
「ハァ…。」
男性が座るソファーから聞こえてくるのは、先ほどからため息ばかり。自分もつられたのか、自然と同じように肩を落としていたことに七恵は気づいていなかった。
あの後、基地へ戻るとこの男性と世相社の折口がいる部屋へ通された。そこで説明された話によれば、彼「当麻蔵人」の作品である「原発危機」の内容と今朝起きたテロ事件の手口が似ていたことから、メディア良化委員会はテロ特措法を拡大解釈し、当麻本人の身柄を拘束しようとしているらしい。もし執筆活動を差し押さえられでもしたら、今後は本だけでなくその作家たちにまで検閲が広がっていくことになってしまうだろう。それにいち早く気づいた折口が、こうして当麻の身辺警護を図書隊にお願いしにきたのだ。
そんなこともあり基地へと帰還したあと、すぐさま今度は当麻の変装用眼鏡を買いに出かける羽目になったのだがその時に起こった出来事に七恵は未だモヤモヤしていた。
あれは買い物の帰り道、街のメイン通りを歩いていた時だった。
「堂上くん?」
ふと声をかけられ、後ろを振り返るとそこには女性が立っていた。女性は堂上の顔を見ると嬉しそうに表情を綻ばせ、駆け寄って来た。
「児島さん…?」
「久しぶり!」
堂上の手を取って喜ぶ女性は児島さんというらしい。二人が親しげに会話をする様子に、果歩の一件で自分が実は嫉妬深いということを学んだ七恵の心中は穏やかではなかった。
手を、握ってる…。
先ほどまで自分の手と繋がれていた堂上のそれは、今は彼女の手の中。
「私、あの時の堂上くんのことは、一生忘れないから。」
一生!?
思わずギョッとして、二人を見てしまった。
しかし児島さんはそんなことなど気づかずに楽しげに笑っている。
その後も七恵が嫉妬でモヤモヤとしているうちに二人の会話は終わっていて、「行くぞ」と手を引っ張られるまで気づかなかった。基地への道すがら、七恵は堂上に彼女のことを詳しく聞くことはできなかった。
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