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「あれ、そういえば柴崎は?今日も一緒じゃないのか?」
七恵が郁の腕の中でキョトンと首を傾げている。
そんな光景に「あー、うちの子今日も可愛いわ」と思いながらも郁は手塚の問いにそう言えば、と思考を巡らせた。
あの事件以来、ここに来るときは大抵は麻子が一緒だったのだがここ最近は一人で来ているようだった。
「麻子ならまだ仕事だよ?」
「仕事?業務部はもう終業の時刻じゃないのか?」
「最近、なんか忙しいみたい…。」
シュン、と肩を落とす七恵。
その言葉を聞いた手塚は訝しげな表情を浮かべ、堂上も腕を組んで何かを考え込んでいるようだった。
柴崎が事件絡みで何か動いているのはまず間違いない。
「笠原さんは何か聞いてる?」
同室の笠原に小牧が尋ねた。
「え?それが、今はまだ答えられないとしか…。あ、あともうすぐ尻尾が掴めそうとか言ってたような…。」
郁も最近の麻子の様子のおかしさを薄々感じ取っていて、どうして七恵を終業後に一人で行動させるのかと問いかけたことがあったのだが、未だにはっきりとした答えは得られていない。
しかし、その一連のやりとりを伝えると堂上と手塚の表情が更に厳しくなったように感じた。
それは七恵にも伝わったようで、郁の制服の裾がギュッと引っ張られるのが分かった。
きっと無意識のうちに力を込めたのであろうその手は、小さく震えていた。
「七恵、そろそろ飯でも食いに行くか。」
「…え?」
「今日は上官の食堂でどうだ?」
「そうだね。たまには若い子が一緒だと精進料理みたいなメニューでも我慢できるよ。」
「え、え?」
「さぁさぁ、混まないうちに行こうか。」
「え、え?えぇ〜!!」
それはさすがにちょっと強引すぎるんじゃ…。
突然のことに戸惑っている七恵は挙動不審で周りに助けを求めていて、何が何だか分かっていない笠原はキョトンと不思議そうな顔をしている。堂上はいつもの仏頂面を少し崩したような顔で、小牧は相変わらずの笑顔を浮かべていた。
その一人一人の感情豊かな表情がなんだか面白くて、手塚は思わず眉を下げて笑った。
あれよあれよという間に堂上が手を引き、小牧に背中を押されて七恵は部屋から連れ出されて行った。
「え?なんで上官の食堂?」
「お前も気づいてただろ?雪片が不安そうな顔してたの。」
「当たり前でしょ!…あ、だからか…。」
「そういうことだろ。」
つくづく、うちの班は彼女に甘いらしい。
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