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「短い間でしたが、本当にお世話になりました。ありがとうございました!」
中心で挨拶をする果歩はにこやかな笑顔を浮かべ、深々と礼をした。
暖かな拍手に包まれ、両腕には控えめな花束を持っている。
「いやー、それにしても大したもんだ!将来有望だな!」
大きな声で豪快に笑う玄田に対して果歩は嬉しそうに胸を張っていた。
挨拶も終わり、荷物もまとめた。後はこの宿舎を出るだけ。
それでも果歩は、なかなか一歩が踏み出せないでいた。
本当にこのままでいいのか。
後悔は残らないのか。
そう思うと、足が動かなかった。
あれから何だか気まずくて、まともに会話ができていない。
このままでいいわけがない。
どうしても、最後にあの人に会いたい。
会って、伝えなきゃいけない。
果歩は手に持った荷物はそのまま、慌てて来た道を戻ろうとした。そして、そこでピタリと動きが止まった。
「はぁっ…はっ…ま、間に合…った!」
そこには、小さな肩を激しく揺らしながら顔をくしゃくしゃにして笑う七恵の姿がそこにあった。
「七恵さん…。」
彼女こそ、果歩が会いたいと思った人物だ。
息がなかなか整わず上手く言葉が発せられないらしく、その眉間には珍しくシワが寄っていた。
そんなに必死になってここまで走ってきてくれるなんて。
あなたは本当に、素敵な人ですね。
こんな人に私なんかが敵うはずがない。
クスリと果歩が笑えば、意味も分かっていない筈なのに、呼吸が辛い筈なのに、彼女はまるで花のような笑顔を浮かべた。
ああ、やっぱり。
この人には敵わない。
七恵の息が整うのを待ってから、果歩は真っ直ぐに気持ちをぶつけた。
「…七恵さん。あの時は、本当にすみませんでした。今は、心から言えます。堂上二正と末長くお幸せに。」
「果歩ちゃん…。私も、傷つけてしまってごめんなさい。私に勇気がなかったから…。」
「それじゃあ、おあいこですね。」
「…うん。」
そっと差し出された右手を掴むと、優しく握り返してくれる。私もきっと男だったら、この人を好きになっていたんだろうな。
そっと手を離すと、少し寂しそうな顔をしていて、笑みがこぼれた。
「それじゃあ、そろそろ行きますね。あ、あと私、ここを志望しようと思います。無事に入隊できたら、その時はご飯、行きましょうね。」
「…うん。待ってるよ。」
「ありがとうございます!それまでに結婚とかしないでくださいよ?結婚式お呼ばれしたいですから!それでは。」
「も、もう!果歩ちゃんたら!」
顔を真っ赤にして怒る七恵を笑いながら、さっと踵を返す。
そして出口まで果歩は振り返ることはなかった。
「ありがとう、果歩ちゃん。」
こうして、嵐は去っていった。
「七恵ー!何してんのー?お昼食べよー!」
「郁ー!」
「わ!七恵が私の胸に飛び込んでくるの久しぶりー!」
「笠原!アホか貴様!道を塞ぐな!」
「あ、堂上さん!大好きです!」
「…ああ、知ってる。」
嵐が過ぎた空はとてもいい天気で、花は嬉しそうに太陽を見て笑った。
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