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悪い予感ほど当たると良く言うけれど。
ここまでその言葉を噛み締めることになろうとは、思わなかった。



「堂上二正!」

「堂上二正、ご一緒してもいいですか?」

「七恵さん、堂上二正ってほんと素敵ですね!」

「あの、わからないことがあるんですけど教えていただけませんか…?」

「堂上二正!」





「なんなの…アレ。」

そう唸るような声を漏らしたのは紛れもなくこの黒髪の美人だ。そしてアレと指し示したのはつい先程、目の前を軽快に走り抜けて行った研修生の果歩である。

その呟きを聞いていた周りの業務部の同僚もああ、といった感じに表情を曇らせ同感せざるを得なかった。

それもそのはず。

研修が始まって以来ずっと果歩は何かとつけて堂上を頼り、行動を共にしていた。それは誰から見てもあからさまなもので好意を寄せているとしか考えられない程だった。

いくら鈍感な堂上もあそこまでグイグイと来られては、さすがに何かを察したらしい。しかし、用件が研修絡みなだけに強く断れずにそのまま二週間が過ぎようとしていた。



この基地の二大アイドル、柴崎が目つきを鋭くさせていくのを触れないように見守りつつ、先程の同僚は反対側に立っていたもう片方のアイドルに視線を移す。

そこには今にも泣いてしまいそうなほど大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて、去って行く二人の背中を見つめる七恵の姿があった。

その横を防衛部の男どもが通りすぎる。

「あーあ。堂上二正はいいなあ。うちのアイドルだけでは飽き足らず、研修生までもかっさらっていっちゃうんだから。」

「それにしてもあの子、随分と押せ押せだな。キスの一つや二つは既に奪われてそうだな。」

背の高い男たちからは角度的に死角になって七恵が見えていないようだ。それにしても、その話題はないだろうに。

ワハハハ、と賑やかな声を挙げながらどかっと椅子に座り込んだ隊員らは、視線の高さが変わったことによってやっと現状を認識したようだった。さっと顔が青くなっていくのがスローモーションのように見えた。

七恵が真っ赤な顔を俯かせていて、周りのあらゆる視線が隊員たちに突き刺さっている。

極めつけは柴崎のこの一言だった。


「デリカシーって本当、大切よね。行きましょう、七恵。」


柴崎に手を引かれて出て行く七恵の背中はただでさえ小さいのに更に縮こまっていて、隊員たちはその場に凍りつくしかなかった。








カツカツとヒールの音が廊下に響く。


「麻子…。」

「なぁに?」

「私ね、わかってるよ。堂上さんはそんな人じゃないって、わかってるよ。」

ピタリと足を止めた麻子はゆっくりと振り返る。その顔はいつものからかうような顔ではなくて、心配そうに眉が歪められていた。


「わかってるんだけどね、やっぱり不安なの。確かな自信がないの。私がウダウダせずに堂上さんともっと深く分かり合えてたら、こんな不安にはならなかったのかな。」

「七恵…。」

「私、頑張るよ。うん、頑張る。」

静かに繋いでいた手の力を強める。
反対の手では自身のスカートの裾をギュッと握りしめていた。

ちょっとだけ、妹が強くなった。

そんな気がした。


「いつでもあんたの味方だから。」


それならば、その背中を押してあげるしかなかった。


「麻子、ありがと。」




そう言って七恵は目を細めて笑った。




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