玉緒の巫女


「このような狭い所にお呼びたてして、申し訳ございません!」

いそいそと座布団やらお茶やらを用意する彼女の姿は、まさに年相応の娘だった。




あの後彼女に連れられて森の中を進むと、やがて苔むした鳥居と小さな社に辿り着いた。周りには鼠や鹿など森の動物たちが集まり、穏やかな空間だ。ヤックルも警戒することなく、その輪の中へ自ら入っていった。

「ヤックルさんはここを気に入ってくださったのね。」

「どうしてヤックルの名を?」

教えてなどいない筈だが…。

「ここへ来る途中にあの子から伺いました。アシタカ様とお二人でここまで長い旅をされてきたのだとか。」

「ヤックルが話した、と?」

「立ち話もなんですから、どうぞお上りくださいませ。」

そして冒頭へと至る。





「玉緒の巫女とは、自然を尊び敬い、その恩恵を一身に受けると聞きました。」

落ち着いた頃合いを見計らいアシタカが話を切り出すと少女は、伏し目がちに淡々と語り出した。

「はい。【森は人を育て、人は森を育てる。】命を育み、そして時にその圧倒的な力で奪っていく。私達にはどうにもできないそういった自然そのものを神として敬い、生きてきました。神と人を繋ぐことが私達巫女のお役目です。神の声、すなわち森の声を聞く。ですから人々は私達のことを命、つまり玉緒の巫女と呼ぶのです。」

「命を育み、奪う…。」


確かに自然や天候は人の生き死に深く関わっている。この森へ来る道中にも、地滑りか洪水か、村があると聞いていたはずの場所には何もなく、その痕跡だけしか残されていないところも幾つかあった。

しかし、命を育むのもまた自然。森、川があってこそ村ができる。

時に猛威を振るうそれらは、我々人の手が届かぬところにあるのだ。


「一族の中でも私は特に生まれつき力が強く、いろんな声を聞くことができたのです。だから先ほどもヤックルさんのお話を聞くことができました。」

これで信じていただけましたか?と彼女は首を傾げた。拍子に肩からさらりと黒髪が流れ落ちる。話している最中ずっと影になっていた表情が、そこでようやく露わになった。

ひどく、不安げな顔をしていた。
彼女は何故、今そんな表情をしているのだろう。


そういえば、と不意に疑問に思ったことを口にしてアシタカはその意味を知る。

「…そなたは一族、と言ったな。他の者達は今日は出ているのか?」

「…ここにはもう、私一人だけです。先日、婆様も亡くなられました。」

そう言って笑う顔は、泣いていた。笑っているのに、泣いている。それはとても胸が軋むような笑顔だった。

その表情にまるで引き込まれるように視線が反らせなくなった。本人は慌てて零れた涙を慌てて拭い、今度は恥ずかしそうに笑った。

「すみません、話が逸れてしまいました。元はその右腕のお話でしたよね。」

「あ、ああ…。」

「アシタカ様のその右腕は恨みの籠った強い呪い。解呪することは、私にはできません。」

「そうか…。」

アシタカの心にはやはり、といった落胆の気持ちで溢れていた。表情には見せないようにそっと右腕を掴む。

「けれど…、お清めし続けることで進行を遅らせることはできるかもしれません。」

その言葉に驚いて顔を上げれば、彼女は何かを決意したような瞳でこちらを見ていた。




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