少女との出会い
赤い唐傘を背負った人物と別れてから幾日か過ぎた。
ただ噂を信じて、西へ西へと歩んできた道のりは決して短くない。
時たま人里へ降りて話を聞いてみるが、玉緒の巫女とやらが住む森とシシ神の森の所在を知っているものは誰一人としていなかった。
そしてそれからまた更に幾日か過ぎた頃。
それは突然やってきた。
「ヤックル、ここの水辺で少し休もう。」
ひらりと地面へ飛び降り相棒へ声をかければ、答えるようにその大きな角を下げる。川を流れる水はとても清らかで、穏やかだった。
頭巾や蓑を解きながら、アシタカは辺りを注意深く見渡す。
そういえば、いつからだっただろうか。
森の雰囲気が変わったのは。
この森はどこか神聖な空気を感じさせ、それでいてどこか居心地がいい。呪われた右腕も安らいでいるような気さえする。
故郷の村の森ともまた違う、不思議な感覚だ。
そしてようやく川辺に腰掛け、一息ついた時だった。
気配がする。
恐らく、これは人だ。
賊か何かかもしれない。
素早く頭巾を身につけ、口布を鼻下まで引き上げる。いつでも動けるように警戒しながら、近寄るその気配を辿った。
「あら?旅の方ですか?」
しかし草陰から聞こえた声は予想よりも遥かに高く、鈴を転がしたような可憐なものだった。
不意を突かれて反応ができずにいる内に声の主が草陰から出てきて、その姿にアシタカはまた驚いた。
それは艶やかな黒髪を風に靡かせた、この場所にはとてもじゃないがそぐわない容姿端麗の少女だったのだ。自分とほぼ年齢も変わらないであろうその少女の服装は白衣と緋袴で、それすらも彼女を引き立てる一部かのようだった。
まるで巫女装束ではないか。
アシタカがハッと静かに息を呑んだ。
もしや彼女は自分の探し求めていた人物なのではないか。ここが彼女の森だというのならば、この不思議な雰囲気にも合点が行く。
そして何よりもヤックルが全く警戒していない。
「貴方は一体…。」
問いかける、というよりは自然に口から零れ出た疑問に少女はゆったりと首を傾げた。そしてにこりと笑みを浮かべると恭しく頭を下げた。
「私の名はハルイと申します。宜しければお名前をお伺いしても?」
「…私の名はアシタカだ。ここよりも更に東の果てよりこの地へ来た。もしや貴方は玉緒の巫女か?」
「…どうぞ、私の社へお越しください。その腕のお話しでしょう?」
どくりと心臓が騒いだ。
気遣わしげに細められた彼女の視線は、確かに右腕へ注がれていた。
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