構ってもらいたかったんだよ

年が明けた。めでたい。世間でいう特別な日だ。しかし特別な日だからといって私の1日が華やいだりすることはないのだ。世間が年越しのカウントダウンで盛り上がっていた中、私は部屋の隅で丸まって寝ていたし、目を覚ませばいつの間にか年が明けていた。恐らく、大家さんに家賃を渡しに行った際「年、明けたわねぇ。今年も頑張ってね」と言われていなければ年が明けたことさえ気づかないくらい、私の日常は変わらなかった。
クソ親父は昨日の夜から見ていない。どうせ、また賭け事に行ったんだろう。ついでに酒も飲んでくるに違いない。きっと帰りは今日の夜中になる。言っちゃなんだがアレはもう病気だ。賭け事も酒もやめられない、働きもしない、性根腐ったロクでもない病気。治らない病気なのは昔から知ってるからせめて勝って帰ってこいよロクデナシ。次も残念賞の湿気たマッチを持って帰ってきたらこの部屋放火して暖炉代わりにしてやるわ。

「マッチ、マッチはいりませんか?火付けは勿論、トイレの消臭効果もあります。便利なマッチはいりませんか?」

クソ親父がいないからといって休むわけにはいかない。ヒソカに貰ったお金は家賃に使って全部なくなってしまった。昨日までは貰ったお金で食費が浮いたけど、今日からはバカが賭けで負けた分だけでなく、私の食費や来月の家賃の分まで稼がなければならない。
火付けだけではライターに到底かなわないマッチをどうお金にするか。私は空いた時間に図書館でマッチの使い道を調べることにした。初めて行った図書館は町の喧騒から切り離された心地よい空間で、暖房も程よく効いていて暖かかった。でも図書館の中にいるのは汚れのない綺麗な服を着た学生や社会人で、孤児のような服装の私は完璧に場違いだったといえる。当然、私に向けられる視線は刺さるほど冷たかった。けど、1人だけ優しくしてくれるお兄さんがいた。明るいブロンドの爽やかなお兄さん。本の場所が分からなくてウロウロと彷徨っていたら「何探してるの?」って声をかけてくれて……あの人にとっては気まぐれ、もしくは普通の親切心だったんだろうけど、嬉しかった。マッチの使い道についての本を探してると言えば従業員の人にわざわざ本の場所を聞きにいってくれて、本を持って戻ってきてくれた。少し照れて手元にある本を見ている間にお兄さんは「頑張ってね」と言って颯爽と立ち去ってしまったから、また会ってちゃんとお礼が言いたい。綺麗な顔をした人だったから数年先までその顔は忘れないだろう。
本を読むとマッチは火付けだけでなく消臭効果も期待できることが分かったことだし、収穫は十分にあった。売り上げを伸ばせると確信して、早速道行く人に声をかけているとまばらに立ち止まって話を聞いてくれる人がいる。みんなそんなに消臭効果に興味があるのか。

「お嬢ちゃん、消臭効果もあるって、それ本当かい」

初めに声をかけてくれたのは優しそうな笑みを浮かべた初老の男性だ。正直、初めに声をかけてくれたのが男性でホッとした。トイレの消臭でつれたのが女性だったらどんな顔して販売すればいいのか分からなかったから。これで次からくるお客にはおじいさんにつられて来た人として接客できる。なんの気まずさも生まれない。ありがとう、おじいさん。最大限の可愛い笑顔で接客させて頂きます。

「はい、旦那様。2回ほど火をつければ気になる嫌な臭いが無くなります。ただし注意点が3つ程。まず火事にはお気をつけください。次に、マッチをトイレに流さないでください。最後に、火災報知器にお気をつけください。これを踏まえた上で、お1ついかがです?」
「そりゃあいい。2つほど貰おうか」
「じゃああたしは1つ頂戴」
「こっちにも2つおくれ!」
「はぁい!1つ180ジェニーです。順番にお待ちくださぁい」

瞬く間にマッチは完売。消臭効果の大勝利。年明けはみんな羽振りがいいのか、沢山お金を落としてくれる。カゴの中はマッチが入っていたときより重みがある。少し揺すればジャラリと小銭同士がぶつかり合う音がして、私の顔は自然と緩んだ。まさか1日で家賃分のお金が集まるとは思わなかった。
このお金を来月までに守りきることができたらいいんだけど、難しいだろうなぁと苦笑する。あのあんぽんたんは、隠したお金を見つけ出すのがやたら上手い。家賃の支払い間近になって、お金を隠していた床下を開けてみると中身がすっからかんだった、なんてことはザラにある。そのせいで何度、家賃滞納になったことか。自然と深い溜息が漏れた。ここで悩んでも寒いだけだし、とりあえず家に帰ろうと路地を歩いていていると後ろから大きな影がさす。

「やあ、レディ」
「ハァーーーァ」

真後ろから聞こえてきた耳馴染みのある声に気づかないフリをして歩く。後ろを振り向けば新年早々、運気が下がる気がするからだ。意地でも振り向いてやるもんかと歩みを早めたが、サクサクと私の真後ろからいつまでも雪を踏む足音が離れなくて、背後……特にお尻に視線を一瞬でも感じたのが不快で思わず立ち止まる。同時に、背後の足音も止んだ。ゾッと身体が芯から冷えていくのは、決して外の突き刺すような寒さのせいだけじゃない。

「新年早々こんなことを言うのはどうかと思ったけど……スカート、破れてるよ」
「えっ!?」

反射的にスカート、お尻の部分を両手で隠して振り返る。朝は破れてなかった、いつ破れてもおかしくないスカートだったけど、なんでこのタイミングで?一体いつから破れてたの?まさか沢山の人に見られたりした?羞恥心よりも焦りの方が大きくて、急いで薄い生地に指を滑らせて穴を探る。だが、綻びも、穴も、ない。念のため首を可能な限り後ろに捻ってスカートを見るが、破けている部分なんてどこにもない。おかしいな、と首を傾げていると正面からクツクツと喉で笑う音が聞こえてくる。まさか、と首を正面に向けると暖かそうなコートとマフラーを着用したヒソカが楽しそうに笑っていた。

「嘘だよ。キミがあまりにもそっけないからついイジワルしちゃった」
「……嘘は嫌いって言ったのに」

軽く睨み上げるとヒソカは目を細めて「キミに構ってもらいたかったんだよ」と私の頭を撫でた。無視したことについては悪かったけど、それはヒソカが警戒するレベルでヤバいやつだからだし、もしヒソカに図書館で会ったお兄さん並に安心感があれば私だって喜んで振り向いてる。でもヒソカが嘘をついたのは私がガン無視したのが原因だ。一概にヒソカだけが悪いと言い切れない。釈然としないけど素直に謝ることにした。ヒソカは「いいよ。ボクも嫌なことしちゃったし」と言って笑ったが、お前も謝れと思わなくもない。

「で、なんの用?」

苛立たしげに問いただしてやると、ヒソカは「ンー」と顎に手を当てて首を傾げた。「特に用はないんだけどね」と誰に言うでもなく呟かれた言葉が更に私の神経を逆撫でする。じゃあなんで来たんだ。私の問いに対して真剣に考え続けるヒソカに付き合うのもバカらしくなってきて「用がないならもう行くよ」と踵を返した。私は集めたお金の隠し場所を考えるのに忙しいので。

「好きなコに会うのに理由がいるのかい?」
「なっ!?」

「前にも言っただろう?キミが好きだって」と投げかけられた言葉にビックリして振り向いた。
好き、なんて言ったくせにヒソカの表情はさっきと何も変わらない。しかし目は逸らされることなく私を捉えている。その瞳はどこか熱を帯びているように感じた。見られている顔からブワリと全身に熱が回ってゆく。あつい、熱い、心臓が、ドッドッと激しく脈打って、煩い。以前に死ぬ思いをして冷水を被って煩悩を振り払ったのに、これじゃあ意味がない。

「冗談、でしょ?」

視線を下に向け、口をパクパクと開閉させて、やっと絞り出した言葉は微かに震えていた。人から好意を向けられるのは慣れていなくて、どう受け止めればいいのか分からない。素直に、ありがとう、とその言葉を受け取れたらどれだけいいだろう。でも怖い、真っ先に何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
ギュッとカゴの取っ手を握りしめると、ヒソカが私の顔を覗き込むため地面に膝をつく。大きな手が顔に伸びてきて、無意識に身体がビクリと震えた。

「キミがそう思うなら、それでもイイよ」

その手は、私の頬に触れた。思っていたよりずっと優しく。それ以上は何もしてくる気配がなくて、恐る恐る瞼を開ける。私を覗き込むヒソカの瞳から熱はすっかり消え失せていた。

「なんで……好きなら、その気持ちを否定されるのは嫌なことじゃないの?」
「それ以上に、ナマエを怖がらせることはしたくない、かな」

表情は相変わらずニヤついているけど、随分と真剣なトーンで言うものだからつい笑ってしまった。嘘は嫌いだけど、ヒソカに真面目って、似合わないなぁ。

「ふふっ、今更だ」
「おや、今更かい?」
「うん。ヒソカと初めて会ったとき、私はヒソカのこと、怖い人だなって思ってた」
「今は?」
「ちょっと怖いけど、でも良い人かなって思うよ」
「それは光栄」

不思議な、変わった雰囲気を持つ人だけどストーキング以外、ヒソカが私に害を加えてくることなんてなかった。だから多分、ヒソカは良い人なんだと思う。少なくとも、今は。
口から小さな笑い声が溢れて、止まらない。自然と笑えたのなんていつぶりだろう。笑い続けているとヒソカは私の頬から手を離して、代わりに両手で私の両手をやんわりと握った。「どうしたの?」と問いかけるとヒソカの口角が上がって、目が細められる。
綺麗な顔だから手もすべすべして綺麗なんだろうなと勝手に思っていたけど、この手は、遊んでるだけの手じゃない。ゴツゴツしていて、私の両手なんか片手ですっぽり握ってしまえるほど大きい。うちのプータローとは全然違う、努力してきた男の人の手。そんな手が壊れ物を触るように、丁寧に私の手を握ってくれるのが、ほんの少し嬉しかった。

「これからボクの大好きなレディをデートに誘おうと思うんだけど、どう思う?」
「……もしかして、私?」
「そう」

「えっと」と呟いて口をキュッと閉じる。正直なところ、嫌、ではない。でも、私なんかがヒソカの横に並んでいいのかな。自然と視線が下にさがって、ボロい服を映し出す。布切れを繋ぎ合わせたようなスカートに、ブカブカの靴。どう考えても綺麗な服を着た人の横に立っていい服装じゃない。うん、断ろう。私だけじゃなくて、ヒソカのためにも。「ごめんなさい」と言おうとした。しかしそれよりも早くヒソカが「断られたら悲しいなァ」と遮ってきたので再度黙り込むしかなかった。世間の目を優先するか、ヒソカの気持ちを尊重するか、そんなのもう1択同然じゃないか。

「……いい?ヒソカさえよければ、連れてってもらっても」

名前も知らない知らない世間より、ストーキングをしてくるけど優しいヒソカを優先したい。

「勿論。じゃあ、行こうか」
「どこに?」
「それはまだヒミツ」

立ち上がったヒソカは私の手を引いて、大通りに向かって歩いてゆく。ヒソカの中で既にプランは決まっているらしく、足取りは軽い。一瞬だけ私を見下ろしたヒソカの顔は、今までで一番優しかった。多分私も、ヒソカと同じような表情をしているんだと思う。

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