キミを美しく染め上げたい

「デートって何?」誰かにそう聞かれれば私は間違いなく「好き同士の人達、又は男女が2人で一緒に出かけることだ」と答えるだろう。ショッピング、ドライブ、食事、映画。デートの中味に決まりも正解もなく、ただ互いが楽しむのが重要。少なくとも、私がマッチを売っている最中見てきたデート中のカップルとはそういったものだった。
デートの目的はカップルによって様々で、好感度を上げたり、互いのことを知ったりと色々ある。中にはただ女の身体を貪る為の代金としてデートをする男もいるはずだ。でもまあ、ヒソカが言うデートって普通に出かけるだけだろうし、今まで私にヤラシー事なんてしなかったし大丈夫だよね。
なんて思っていた私、1回氷水でも被って頭冷やしてこい。

「ハイ、到着」
「……。」

現在ヒソカの寝泊まりしているらしいホテルの一室にいて、目の前には 1人で寝るには大きすぎるフカフカベッドが広がっている。あまりにも予想外の展開に天を仰ぐどころか思考が停止してしまう。うっそだろ、あのデートに誘う流れからベッドが登場するか普通。

なんとか落ち着こうとヒソカに手を引かれたときから順々に思い出して行けば、私が連れて行かれた先はマッチを売りに行くことのない、つまり訪れたことのない空港の近く。別の国の人が観光目的で訪れる場所だった。地元民の住む家らしきものはなく、土産などを取り扱う店が集まる大通り。地元民とは違い、寒さ対策ではなくオシャレ重視の服を着た観光客を見ているとホゥと自然に溜息が漏れる。雪の白だけじゃない、店のレンガの色、人の色、全部が彩に溢れている。眼に映るもの全てが珍しくて、キョロキョロと忙しなく辺りを観察する私をヒソカは流し目で見ていて面白そう笑っていた。その街中を進んでゆくと白い壁で出来た、しかし雪と同化しないオレンジ色のライトで照らされた綺麗なビルがあった。ヒソカの目的地はここらしく、勝手知ったる様子で私と手を繋いだまま中へ足を踏み入れる。中には黒服の人や観光客が沢山いて明らかに場違いな私をジロジロと見てくる人もいたが、なるべくヒソカが人の目に触れないよう私を背に隠したりしてくれて、その気遣いがとても嬉しかったりしたのだ。要するに、正直に言えばちょっと浮かれていた。そして高層階にある一室に案内されるまでここがどんな場所か分からなかったのは、私がこんなオシャレな場所に足を運んだことがなかったのが原因の1つとも言える。
……訂正。1度も足を運んだことがなくても、少し注意深く周りを見ていればキャリーバッグを黒服の人に預けている観光客や、フロントらしきところで鍵を受け取る観光客がいたはずだ。そしてその光景を見れば分かったはず。ここはホテルで、あの黒服の人はホテルの従業員だったってことくらい!観光地は1度でいいから来てみたい場所だったし、人に優しくしてもらえるのなんて久々だからちょっとじゃなくかなり浮かれてた。
オーケー、理解した。私はまんまと上手い具合にホテルに連れ込まれたわけだ。そして背にヒソカの手が添えられているってことはもう逃げられない状況にあるわけだ。オーケー、現状だけじゃなく私はあのクソ親父と同等くらいのバカでマヌケってことも理解した。氷水を被るんじゃない、もう全身浸かりたい。いっそ誰か埋めて。……いや、でもヒソカのデート概念がホテルで過ごすっていうのならまだセーフじゃない?目の前にベッドがあるのはボクはいつもここで寝てるんだって自慢してるだけじゃない?それはそれでかなりイラつくけど、そうだ!まだヤラシーことをされるって決まったわけじゃない!

「じゃあ脱ごうか」

ハイ、アウト。
よくも抵抗の手段がないか弱い乙女が見出した希望の光を消してくれたな。鬼か、コイツ。鬼畜か。

「な、なんで」
「ボクはね、キミをずっと美しく染め上げたかった」
「ッ……!」

口元を親指でなぞられ、そしてビリッと薄い紙でも破くように引き千切られたワンピース。これしか長袖の服持ってないのに!なにすんだロリコン。どんな言葉でもいい。悲鳴が出てくれるだけで、抵抗する手段があるだけで気持ちは大分和らいだだろう。しかしどうしたことか、口は何かで縫われているかのように開かない。恐怖で身体が動かなってる?いや、それはないな。私は恐怖で縮こまれるような可愛いたまじゃないから。伊達にあのボンクラの元、マッチを売り続けてない。
そういえばさっき、口元をなぞられた。それから口が開かなくなっているのだから、原因はアレしか考えられない。この変態、私の身体に何した?

「アアッ、やっぱりキミは綺麗だ。この白い肌には、きっと鮮明な赤が映える」

何言ってんだコイツ!
ダメ元で男の急所、股間と脛を攻撃しようとしたがまるで子供の駄々を押さえつけるように簡単に動きを封じられた。他に対抗する方法は、と考えている間に軽々と抱き上げられてベッドに降ろされてしまう。降ろされた瞬間お尻が今まで感じたことのない柔らかなものに包まれて、顔には出さないが少し感激する。こんな状況でなければ大いにこの感覚を楽しんでいたはずだ。ベッドの脇で悪い笑みを浮かべるヒソカさえいなければ。

「バンザーイ。まったく、そんなに暴れちゃイイ事が出来ないじゃないか」
「んー!んーっ!?(抵抗するわこのど変態!ちょ、何下着にまで手をかけてるのっ!?)」
「そんなだと手と足もくっつけちゃうしかないんだけどなァ」
「……。」
「そうそう良いコだ」

下着と呼ぶにはあまりにも頼りないペラペラのノースリーブシャツ。その隙間から脇腹をスルリと撫でられ反射的に身体がびくりと震える。

「んー、ブラもなし。パンツは……くくっ、流石に母親のじゃないか。自分で縫ったのかい?」

背中をなぞられパンツを観察され、良い気はしない。やるなら一思いにやれ、隙があればモツを噛みちぎって逃げてやる。そうして睨みあげようとすれば、視界は妙なモノで覆われた。バンザイをした手からズボリと一気に何かが被せられる。

「うん、やっぱりキミには赤が似合う。ああそうそう、伸縮自在の愛バンジーガム解除」
「っは……!なに、これ」
「ん?ワンピース。すこし遅いけどメリークリスマス、ナマエ」

脇の下に手を入れられ、ぬいぐるみを抱き上げるように私を持ち上げたヒソカは至極満足そうに、お気に入りの人形に念願のドレスを着せることができた子供のように目を輝かせていた。
赤一色の膝丈までのワンピース。毒々しくない、けれどヒソカの言うとおり鮮明な赤。ボロボロのワンピースとは違い、肌触りがすべすべとしていて暖かい。服の良し悪しがよく分からない私でも、コレは上質なモノなのだということがよく分かる。そしてメリークリスマス、ということはこれはクリスマスプレゼントなのだろう。普通の平均的な一般家庭の子が貰うクリスマスプレゼントがどれ程のモノか知らないが、明らかにコレは高級過ぎるプレゼントだ。
アレらの失礼極まりない行為は全てこのワンピースを着せる為だったらしい。口はもう開けるのに怒りや混乱がせめぎ合って結局文句を言う事ができず、ただバカみたいに目を見開いてヒソカを見つめた。

「あとはタイツと靴と上着。コレを着てキミの行きたい場所に行こうか。この辺り、来るのは初めてだろ?」
「ぁ、りがと?」

いや、着ていた服破かれたのにありがとうってなんだ。こんなに良い服を貰ったんだからお礼は当然だけど、そもそもコレを着てって言われれば素直に……着てないな。遠慮して拒否してる。もし着たとしてもすぐに元のボロワンピースに着替えるだろう。もしかして無理矢理脱がされて無理矢理着替えさせられるのが、このワンピースを着用して出掛けるに最適な行為だったのでは?え、じゃあ強情な私が悪いの?そんなことは……ないはず。

「でも私の肌をなぞる必要はないよね。下着を観察したり」
「必要性はないね。でも、好きなコに触りたいって思うのは当然の心理だと思わないかい?」
「すっ……からかわないで!」
「からかってはいないよ」

知ってるよ、そんなこと。私を好きって言うヒソカの目に曇りはないから。だから余計にタチが悪い。
真っ直ぐな好意を受け止める方法なんか知らなくて、可愛くないことしか言えない。段々抱き上げられているのも恥ずかしくなってきてヒソカの顔もまともに見れなくなっていく。きっと今の私の顔はワンピースみたいに真っ赤だ、恥ずかしい。

「さて、そろそろ行こうか。お腹、すいてるだろ?」

それは多分、助け舟なのだろう。カチリコチリと氷のように固まってしまった私に対しての。
ヒソカは逃げ道を塞いだかと思えばまた新しい逃げ道を作ってくれる。有り難いけど、どこかへ誘導されているような気にもなる。このままヒソカが作る道にばかり逃げていたら、いつか取り返しのつかないことが起きるような気がして……頭では自分の意見を出さないといけないと分かっているのに、首が自然と縦に動いた。耐えきれなかった、ヒソカから向けられる優しい目が。

「近所でなかなかいい店があるんだ。キミもきっと気にいるよ」

私を床におろして手際よく私にコートやブーツを着せて身支度を整えてゆくヒソカから悪意のようなものは一切感じなくて、考えすぎかなと首を捻った。外に行って、食事をしようって言ってくれてるだけだし、きっと何もない、大丈夫。

「あの、ヒソカ」
「ん?」
「服……ありがと。あったかい」
「くくっ、それはよかった。似合ってるよ、ナマエ」

大丈夫、だよね?自慢じゃないけど人の悪意を見抜くのは得意。だからヒソカから悪意が感じられないっていう私の勘はそれなりに信じていいものだと思う。なのに、妙に胸がざわついたのはなんでだろう。あれか、ヒソカに胸辺りを触られた気持ち悪さが残ってるのか。それとも気持ち悪いくらいの優しさに胸焼けを起こしているのか。
決して良いものでないことは確かなのに、すぐヒソカから離れたいとは思わない私は知らず知らずのうちにかなりこの変態に毒されているのかもしれない。帰ったらやはり冷水ではなく氷水を被ろうと密かに決意した。

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