キミが好きなんだ

15年の人生。子供らしく遊んだりせず、一生懸命に生活費を稼いでいた。頑張って頑張って頑張った挙句、行き先が地獄だなんてあんまりじゃないですかね、カミサマ。
頭上から聞こえてくる声のせいで、恐ろしくて目も開けられない。

「ナマエ」
「な、なんですか」
「もう大丈夫だから、目を開けたらどうだい」

数ミリだけ、瞼を開いた。見覚えのある顔がかなり至近距離にあり、すぐに視界をシャットアウトする。もう目の前にあるものが大丈夫じゃないんですけど。
前髪を後ろに流した男。髪型は違うけど、この声、特徴的な雰囲気、笑い方で誰だかハッキリ分かる。ヒソカだ。
もしかして、彼は死神だったのか。お金をくれたときから、私は狙われていたのだろうか。あんまりだ!どうせ死神に憑かれるなら、金髪美女の天使みたいな死神がよかった!

「おや、泣いてるのかい?」
「あの世へのお迎えがヒソカなんてヤダ」
「安心しなよ。キミはまだ生きてる」
「嘘だ。そうやって期待させて、どん底に突き落とすつもりでしょ。大人って嘘つきなんだよ、ヒソカは大嘘つきっぽいもん」
「ボクが嘘つきなのは認めるけど、キミが生きてるのはホント」
「……本当?」
「うん」

ゆっくり、瞼を開く。横抱きをされているらしかった。そのせいでヒソカの顔が至近距離にある。手の平を握りしめて感覚があるのを確認しとから、キョロリと周りを見渡す。今いるのは少年を追いかけていた道路脇だと分かった。生きている、らしい。
中央から端まで結構距離があるけど、私は一体どうやって移動したのだろう。

「ヒソカが、助けてくれたの?」
「そうなるね」
「……ありがと」

お礼を言うと、ヒソカはニンマリ笑う。本心はどうか知らないけど、表情はかなり喜んでいるように見えた。
「あの」と、下の方から声が聞こえてくる。視線をやると、私が車に轢かれそうになった原因のクソガキが申し訳なさそうにこちらを見上げている。人を見下ろすのって変な感じ。ヒソカはいつもこの高さから景色を見ているのか。

「ごめん。まさか、あんなことになるとは」

オドオドと謝られた。少年が手に持っているのはカゴだ。地面に散らばったはずのマッチとお金が、カゴの中に収まっている。ご丁寧に拾い集めてくれたらしい。
まあ、うん。結果的に無事だったからいいんだけどさ。別にいいよ、そう言おうとしたが、ヒソカによって遮られる。

「ごめん、で済むと思ってるのかい?」
「え、ヒソカ。私は別に」
「キミ、ボクがいなかったらどうなってたか分かってる?」
「……死んでた?」
「そう、こんな下らないことで呆気なくね。そんなの、許せるわけないじゃないか」

ヒソカが少年に向かってゆっくり手を伸ばす。怯えを含んだか細い悲鳴が聞こえてくるが、ヒソカは手を伸ばすのをやめない。

「ヒソカ?」

ちょっと待って、やるなら教育的指導の軽い説教くらいじゃないの?なんでこの子の首に向かって手を伸ばしてるの?それと遠目から見てる野次馬、子供が怯えてるんだから助けにこいよ。

「ヒソカ!」
「なんだい、ナマエ。すぐ終わるから話はこれが終わった後にしよう」

ヒソカの瞳は爛々と光っている。高級住宅街に似つかわしくない空気が漂い、思わずゾッとした。ヒソカは、少年を殺す気だ。細い首を片手で掴んで、骨ごと握り潰すつもりだ。
ヒソカが抱いているのは、クソ親父が私に向ける子供の癇癪にも似た苛立ちではない。もっと静かで過激な、素人にも分かる明確な殺意だ。ガタガタと震えて涙を流す少年が、可愛そうだと思った。私にイタズラしたくらいで命が奪われるなんてあんまりだ。というか、道端で殺人はダメだろ。

「やめて、ヒソカ」
「キミがそう言っても、ボクの収まりがつかないんだ」
「これは私とその子の問題!助けてくれたのは有り難いけど、ヒソカが手を出す必要はないの!」
「けど、もうすぐでキミは死ぬところだった。いくら子供のやったことでも、責任は取らせるべ」
「やめろって言ってんでしょ!この分からずや!!」

ほぼ本能的に右手の拳がヒソカの頬を殴った。小さな呻き声を漏らしたヒソカは目を大きく見開いてパチクリと瞬きし、少年に触れかけていた手を頬にやる。あ、やべ。やっちゃった。もしかしなくても、次は私がターゲットになる番だったりする?
思わず口角がヒクついて、同時に遠くにいる野次馬の空気が凍りつくのも感じた。

「ナマエ」
「ハイ」

ゆったりと向けられる顔。口からは血が滲み出ていて、ちょっと怖い。え、そんな強い力で殴った覚えはないんだけど。やばい、怒らせた?
今までにないくらい見開かれた目が私を捉える。爛々とはしていないが、その瞳はどこかウットリしているように見えて、喉の奥から悲鳴が出そうになった。怒りを向けられるよりも身体の芯が冷える。
暫く時が止まったかのように、身動きせずに私を見続けたヒソカは至極嬉しそうに笑った。それはもう頬を赤らめて高揚し、幸せそうに笑うのだ。ゾワっとする。気持ち悪い……が、ヒソカが笑うとやっと彼の纏う雰囲気が柔らかくなって、息がしやすくなった。それは少年も同じらしく、肩で息をしている。そうだよね、空気の密度凄かったもんね。息苦しかったのよく分かる。

「やっぱりボクの目に狂いはなかった。最高だよ、キミ」
「……はあ」

ヒソカの言うことがどういう意味かは知らないけど、私の目にも狂いはなかった。
殴られてこんなに喜ぶなんて……やっぱりこいつ本格的にヤバい奴だわ。

少年の手からマッチの入ったカゴを素早く取ったヒソカは、それを横抱きしたままの私のお腹に乗せて踵を返す。さっきあれだけ怒りを向けていた相手には興味のかけらすら失っているようだった。
少年がもう安全だと察したのだろう。先程よりも増えている野次馬は我先にと少年に駆け寄る。「俺達が来たからもう大丈夫だ」「ちょうど助けに入ろうと思っていたんだ」つくならもっとマシな嘘をつけ。
ヒソカの肩越しに少年を見ると、ホッと安堵した様子で笑っていた。なんだろう、今更遅いんだよって思う私は可笑しいのかな?

「大人ってほんと嘘つき」
「嘘つきは嫌いかい?」
「逆に好きな人っているの?」
「いるだろうねェ。特に優しい嘘は甘美だ。真実を告げるより、嘘を伝えた方が相手を楽にするときもあるから」
「……それでも私は、嫌い。嘘は、嫌い」

どれだけ辛い真実でも、本当のことを教えてほしい。気休めで嘘を言われても、後が辛いから。
無意識にヒソカの服を握りしめる。そんな私を見て「ああ、そうそう」と彼は微かに笑うとクルリと振り返った。少年を取り囲んでいた大人は分かりやすく震え、少年から距離を取る。ヒソカは勝ち誇ったように笑ってこう言った。

「良い教訓になっただろう?レディに乱暴をしたところで、ハートを射止めることはおろか、眼中に入ることすらできないんだよ」

少年は顔を赤らめて少し悔しそうに顔を歪ませる。え、ハート?眼中?まさか私の気を引きたくてあんなバカな真似したの?そんなバカな。
少年にかける言葉は見つからず、今度こそヒソカは立ち止まらずに歩くので人集りはみるみる遠ざかってゆく。「まあ、キミに惹かれちゃう気持ちはよく分かるんだけどねェ」耳元で呟かれた言葉は聞かなかったことにした。

「ところでヒソカ、なんであんなところにいたの?」
「通りすがり」
「私、嘘は嫌いって言ったよね」
「おや、どうして嘘だと思ったんだい?」
「あの通り、奥は行き止まりになっていてね。道を通るのはそこに住む住人か、その住人に用がある人だけなの。でもヒソカ、そのどっちでもないでしょ?」
「なんでそう思うの?」
「一番分かりやすかったのは、住人の反応。まるで人殺しや不審者を見る目だった。ヒソカがあそこの住人、又は知り合いだったなら誰かが止めに入るはずだもん。止めに入るまではいかなくても、外野の誰かがヒソカのことを話すはずなのに、それが全くなかったから」

ヒソカは身なりがいいから、もしかしたらあの住宅街の人間かもしれないと思った。けど住人はヒソカのことを見たことすらない様だったし、それはないと判断した。ついでに細かいところを突けばヒソカの持ち物が可笑しい。カバンどころか傘もなし。散歩と言われてしまえばそれまでだが、この雪の中傘もささずに散歩をするなんて不審すぎる。
推理が終わると、ヒソカは私を抱き上げる手に少し力を込めた。え、なに?顔を見るとニィッと細められた瞳がこちらを向いた。

「正解。ボクはあそこの住人じゃない。例の大通りでキミを見かけてね、暇だったし跡をつけていたんだ」
「え、ストーカー?」
「世間ではそう言うね」

さらっと言ってのけやがったよ、この変態。

「それにしても本当に、キミはボクを楽しませてくれる。美人にもなるだろうし、将来が楽しみだ」
「ぅわぁ、親にも言われたことない台詞をヒソカに言われた」
「キミの親は見る目がないねェ。逃げ出せばいいのに」
「できないの。あのクソバカ親父の世話、頼まれてるから」
「誰に?」
「ノーコメント」

ヒソカに家の内情まで教える義理はないもの。黙秘権を行使します。

「……しっかりしてるって言われない?」
「言ってくれる人がいない」

そりゃあ、その辺の子供よりしっかりしてる自覚はあるよ。そうでないと私はとっくの昔に死んでるもの。
私の家に繋がる路地まで足を運んだヒソカは、地面に靴を置いて、その上に私を下ろす。頭の上に手を置かれて、想像以上に優しい力加減で撫でられた。

「ここまでありがとう、ヒソカ」
「うん。またね、ナマエ」
「……またね?」
「また会いに来るよ。放っといたらキミは簡単に死にそうだ」
「……なんでそこまで私によくしてくれるの?」

言ってることやってることは変態と一緒だけど、結果私を助けるようなことをしてくれている。今回は命を助けてくれたと言っても過言ではない。なのに、ヒソカは私に何も求めない。
私は、ヒソカに何かしたっけ?そこまでしてもらう理由があったっけ?私の記憶では数日前にお金をもらったときが初対面で、それよりも前に彼と出会っている覚えは一切ない。

頭を撫でる手が離れてゆく。その手を辿るようにヒソカを見上げた。やはり彼は笑っていた。内面の見えない、どこか薄っぺらい笑みを浮かべて。

「ボクはね、キミが好きなんだよ」
「……は?」
「それだけ」

暫くの間、呆けていた。その後はあまり記憶がない。ぼんやりしながら家に帰って、クソ親父に何か喚かれながら殴られて、気付いたら寝床の上。人から好意を告げられたのは初めてのことで、思考が停止してしまっていた。ヒソカに言われた言葉が脳内を何回も巡って、ポツリと言葉が出る。

「ロリコン?」

やっと絞り出した言葉はそれだった。ん?いやいやいや!好きってあれでしょ?ラブじゃなくてライクの方!ヒソカの恋愛対象はボンキュボンなお姉さんのはずだ!落ち着け、私。きっと疲れてるんだよ、私。そもそも好きって言われたからってこんなに取り乱すことないよね!

「いや、取り乱すわ!!私もれっきとした乙女だよ!取り乱すに決まって」
「うるせぇっ!!」
「グハッ」

脇腹に臭い足がクリーンヒット!そのまま床をバウンドした身体。壁に頭から衝突して視界はブラックアウト。
意識が遠のく中、戦慄した。あの変態に好きだと言われて喜んでしまうほど、自分が愛に飢えていたことを目の当たりにしてしまったのだ。こいつはやべぇ。次に目が覚めたら冷水でも被って煩悩を殺そう。ついでにクソ親父、死んでくれ。

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