羽がついてるみたいだ

「今日はこの前の倍稼いでこい!じゃなきゃ家に入れてやらねえぞ!」酒臭い汚い口でそう言い放ち、雪が降っているにも関わらず、あの暇人は娘を外へ放り出した。
おい、オトーサマよ。賭け事の景品でゲットしたらしい大量のマッチを1箱180ジェニーとして売り払っているわけだが、そのお花畑でいっぱいの脳で考えてほしい。
ライターというものがあるこのご時世、マッチを買うのはライターすら買えない貧民か、薪タイプの暖炉などを使っている家か、はたまた昔からのマッチ愛好者くらいである。しかしこの町でそんな人に出会う頻度は少ない。1日、10個売れれば万々歳といったところ。だから私はこの前、ヒソカに貰ったお金のうちマッチ10個分、きっちり1800ジェニーをお情けで置いてやったわけだ。それを倍だって?

「っざけんなよ!」

思わず、側にあったゴミ箱を蹴り上げる。横を通りすがった近所のおばちゃんがビクリと肩を震わせた。あら失礼。ホホホと口元に手を当てて笑うと目を逸らされた。まるで危ない人を見るような目だった、心外だ。

「倍……倍ねぇ」

何にせよ、家に入れてもらえないのは困る。この前もらったお金はどこか安いホテルなら数日泊まれるくらいの額が残っているが、これはアパートの家賃と私の食費だ。無駄遣いするわけにはいかない。普通に稼いで、家で寝るのが一番節約できる。
さて、どうしよう。雪の降る量が、家を放り出されたときより多くなってきた。吹雪になる前に稼いでおきたい。

人の多い路地に出て、頭をひねる。この路地は一番人通りが多いが、ここを通る大抵の人がエアコン完備の家に住んでいる。マッチを必要とする人は少ない。長時間いたところで、ろくに売れやしないだろう。
なら少し離れたところにある、裕福層の住む住宅街はどうだろう。娯楽で薪ストーブを使ってる家が多そうだ。その代わり、お金を恵んでもらおうと集まってくる浮浪者も多い。危ないからなるべく行きたくないけど、でもそこが一番売れる。

「よし、決まり」

見るからに貧しい私に集る浮浪者なんてそうそういないはず。雪がこれ以上酷くなる前に目的地へ行く為、全速力で町中を駆け抜けた。

「えー、マッチはいりませんか?薪ストーブにお役立ちのマッチはいりませんか?」

煉瓦造りの大きな家が並ぶ住宅街。真っ直ぐ続く並木道。落ち着いた雰囲気の漂う住宅街には、高そうな服を着た人たちがまばらに歩いている。

「そこの綺麗なオネエサン、1箱どうです?」
「あら、わたし?」
「ええ、勿論。オネエサン以外に誰が?」

ジッと通り過ぎる人を見続け、派手なワンピースを着た1人の女性に声をかける。特別綺麗でもない、お姉さんといった歳でもない。釣りやすそうだと思って声をかけただけなのだが、思っていたより簡単に釣れた。チョロい。

「まあ!小さいのにお上手ねぇ、マッチ売りさん。でもごめんなさい。うちは電気ストーブだし、マッチは使わな」
「今夜、恋人が来るのでは?」

女性が目を見開く。なんで分かったの?と言いたげな顔だ。

「服は下ろし立て。髪も切り揃えたばかりに見えます。メイクもばっちりで、男性の好きそうな香水の香りもします。カゴの食材は肉が多いですね。でもオネエサンはそこまで肉を好むとは思えない。なら、大切な人が今夜来るのかなぁって思って」
「凄い、正解よ。久々に彼氏が家に来るの。あの人、お肉料理が好きだから好物をいっぱい食べさせてあげたくてね」
「幸せ者ですね、彼氏さんは。そこで、ちょっとした特別な夜にする為にマッチはいかが?」
「特別?そのマッチが?」
「正確には、マッチをつけるお姉さんが特別なんです。確か……おとーさんが、寝室でロウソクに火をつけるお母さんはとても色っぽかったって」
「っ、親は一体どういった神経をしてるのかしら。でも……1箱、下さる?」
「はい!お買い上げありがとうございます!」

よし!まずは180ジェニー……と思ったら、女性が多めにお金をくれた。計400ジェニー。

「ありがとう!お姉さん!」
「ふふっ、どういたしまして。寒いけど頑張って」

そこまで綺麗じゃないとか思ってごめんなさい。凄く美しいです、お姉さん!
貰ったお金を籠の底に入れる。家を放り出されて1時間も経ってないけど、これは好調だ。

さて次は、と辺りを見渡すと不意に強い風が吹いた。冷気が一気に押し寄せて、身体を震わせる。

「さっぶい」

かじかむ手を合わせ、はぁ、と息をかけた。服の隙間という隙間から冷たい風が入り込む。
スウェット……裏面がモコモコの暖かいスウェットを着てみたい。ゴムで手首と足首の隙間がないやつ。この真冬にペラペラ生地のワンピースはどうかと思う。靴もあの人のじゃなくて、自分のサイズにあったやつが欲しい……あの飲兵衛を上手に始末すれば、こんな苦労しなくてもいいんだろうなぁ。どうすれば他人にばれず、子供の力だけでデブを跡形なく消せるだろう。

「あ、やば」

不味いな。思考がマッチを売ることでなく、あの役立たずを抹殺する方向に働きだしてる。ここは一旦、退却しようか。あのバカの為にも。

殴られる覚悟を決めて、家路につくことにした。住宅街から抜けようと、道の端っこを通って歩く。
すると、いつの間にか正面に意地悪く笑う少年が立ち塞がった。帽子、アウター、マフラー、手袋、ブーツ、冬物全装備の男の子。私よりちょっと背が高い。この辺の子だろうか。
右へ避けて通り過ぎようとしたが、私の動きに合わせて彼も右に移動する。左に避けても同じこと。なんなんだ、この子は。睨みつけてやると、少年の笑みは更に深くなった。

「貧乏人がここへ何の用だよ。困るんだよなぁ、お前みたいなやつがいたら品性が落ちるだろ?」
「マッチを売りにきたの。もう帰るからどいて」
「退く?俺が?」
「あんたはそこで突っ立ってくれてればいい。私が退くから」

大きく迂回して少年の横を通り過ぎる。が、足をかけられて顔から盛大に転んだ。雪のおかげで痛みは少ない。少ないが......なにすんだクソガキ!
勢いよく上半身を持ち上げる。首をぐるりと回して後ろを見ると、クソガキの手には女性物の靴がある。自分の足元を見ると、履いていた靴がなくなっていた。

「ボロっちい靴だな。母親のか?なんで自分の履かないんだよ」
「……せ」
「あ?なんだって?」
「……えせ」
「は?」
「っ、返せって言ってんだよクソガキィイ!!」
「うわ、怒った。へへっ、返して欲しかったら力づくで来てみろよ!」

私になんの恨みがあるんだこいつ!駆け出した少年を捕まえる為、裸足で全力疾走を行う。あの人の靴だから必死になるのもあるが、あれ以外の靴を持っていないというのが必死になる大きな理由。あれを失えば、私は裸足のまま雪の上を歩かないといけない。凍傷待ったなし、痛いし寒いし辛い。だから絶対に取り返さないと。
あわよくば取っ捕まえてぶん殴りたいけど、そんなことをすればクソガキの親が出てくるかもしれない。面倒事は避けたいので、靴を取り返すことだけに神経を注ぐ。

一瞬、少年が前を見て立ち止まった。チャンス。身体ごと、少年の手にある靴目掛けて飛び込んだ。カゴとマッチとお金が宙を舞う。あ、と少年の声が聞こえる。腕の中には靴。抱きしめるようにギュッと持つ。よっし、取り返した!

「危ない!」

少年が叫ぶ。え?と間抜けに声をもらした。
上手く着地できず、勢いのままゴロゴロ雪の上を転がる。やっと止まって顔を上げると、黒い物体が迫っていた。それは車だと、脳が告げる。道の脇を走っていたが、転がった勢いで道の中央に躍り出てしまったらしい。
……え、死ぬ?視界いっぱいに黒が広がって、その中に777の数字が見えた。車のナンバーらしい。死ぬ直前にスリーセブンを見るなんて、どんなラッキーよ。そういえば、私の人生に幸せだって瞬間なんかあったっけ?短い人生、クソ親父にこき使われて終わった気がする。
ああ、それにしても死ぬ直前って、随分とゆっくり時間が流れるんだなぁ。

伸縮自在の愛バンジーガム

身体が宙に浮く感覚に襲われる。多分もう死んだ。よかった、全然痛くなかった。
さよなら人生。来世は恵まれた家庭に生まれたい。

「んー、やっぱり軽い。羽がついてるみたいだ。やっぱりキミは天使なのかもしれないね」

ボクの。
聞き覚えのある声だ。最後に付け加えられた台詞に、ゾッ、と身体中に鳥肌が立つ。膝の裏と背中に硬い何かが添えられている感触がある。そうか、ここは地獄か。ぎゅっと目を瞑ったまま泣きたくなった。

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