春眠 | ナノ
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束の間の邂逅

空は高く、風は心地よい冷たさを孕んで頬を撫ぜる。
そんな冬木の街にシャノンは出た。

『だっていうのに、ケイネスはまた引き籠りを続行するらしいし。もう、大体、拠点の改造に力を注いでも、サーヴァント相手にはあまり意味なんてなさいっていうのに…何度言っても聞かないんだから』

カツカツとアスファルトを蹴って立てる足音は、内心の不満を表すように高く響く。


自分がランサーの関係者だと今のところは、ばれていないはずなので、警戒はなく、その足取りは軽い。なによりあの館にこもっていては、息が詰まりそうになるからだ。不機嫌そうなケイネスに、物言いたげに不景気そうな顔をしてくるサーヴァント。
淀んで重苦しい空気に、胸が詰まりそうになる。
こういったときは、空気を入れ替えるのが一番だろうと、シャノンは情報収集を言い訳にして、館を飛び出したのだ。



『本当にケイネスは魔術師としては完璧なんでしょうけれど、残念なくらい面白みがないのよね。こう、意表を突く何かがないというか…だからソラウの心をなかなかモノにできないのよ。
ええ、きっと意外性とサプライズが必要なのよね』

などと、内心、某時計塔最年少講師が聞いたら怒り狂いそうなことを考えながら、シャノンはバスを軽やかに降りる。


そうして、ついでに不甲斐ない、目に痛いほどの艶貌を誇る槍の英霊のことを思い出して―――意味も分からず胸の内に湧き上がった強い―――嫌悪にも似た感情を思い出し、さらに不快になった。

仇を見るように吊り上っていく眦と、娘が醸し出す不機嫌な迫力ときたら、人除けの結界なしに、モーセの十戒のように人波が割れるほどである。
そう、なぜかわからないが、あの清廉潔白が服を着て歩いているようなサーヴァントのことが、正直シャノンはあまり好きではなかった。いや、理由はない。彼が一般的に善良な人柄だということも、客観的には理解できる。だが、初めて会った時から、どうも腹立たしいというか、言葉を交わせば交わすほどに非常にイライラがつのるのだ。

その自分でも理解のできない心の動きから目をそむけるように、シャノンは街へと繰り出した。



シャノンがこの町に着いたのは聖杯戦争直前、即ち、この町を訪れてから一度も自分の足で歩いて調べてはいなかったのだ。ゆえに、使い魔からの視点からではわからない場所とて、あるだろうとみて逍遥する。

まずは地形の把握。
冬木の町の造りは、御三家が居を構える、道を挟んで二つに分かれた居住区。そして、地元の商店街や柳洞寺を含む深山町。
そして、市を分かつようにして流れる大きな川を挟んで、先日爆破されたホテルを含む、摩天楼ひしめく、近代化を推し進めようとしている最中の街、新都とにわけられる。
その内、戦場となりうる場所の把握と、有利に事を進められそうな場所や、逃げひそめる場所、また先刻のセイバーのマスターのような狙撃手が好んで潜みそうな場所の把握にいそしむ。まあ、狙撃手の気持ちなど分かるはずもないので、そこは感に任せる。

昼食をハイアットには及ばなものの、納得のできるグレードのホテルで取った後は、新都で最も高い建設途中の高層ビルに上る。
下から吹き上げる突風に目を細めながら、娘は高く結い上げた髪とコートを翻しつつ、いまだ柵すら作られていない屋上の端に、無造作に足を進める。もちろん、視線除けの魔術は発動済みだ。


そうして、眼下に広がる冬木を、千里眼を発動させて見渡した。この千里眼には透視の能力こそ備わっていないものの、近距離であれば単なる壁の一枚や二枚程度、難なく見透かすことが可能だ。視界を遮るものがないのであれば、その名の通り千里すら見透かすことととてできる。だが、流石に霊的に区切られ異界と化した結界内を見透かすことはできない。

いや、外から察知できる結界であれば、その場所を特定することもできるが、優秀な結界というものは外界に気付かせないことを指す。そんな、未熟なマスター―――具体的にはライダーのマスターの居場所か、セイバーのマスターを補足できればと思い、視線を軽く滑らせたものの、不自然な魔術の痕跡も、発動している人間も一瞥した限りでは見当たらない。まあ、昼に無防備にも活動するマスターがそういるとは思えないから、当たり前だろう。

念のためにと発動したものの、長時間起動させることが容易くはない能力だ。正直負担であるし、使う魔力も0ではないのだからと、無駄なことを早々と切り上げ、目蓋を押さえながら、娘は踵を返してビルを後にした。



そのような機械じみた作業が一通り終わった後は、事前に一般人にかけておいた暗示を使い、情報収集を行う。
こんな地味な作業までやっているというのを、ケイネスは知っているのだろうか?
いや、知るはずがない。
そんな風に、悪態をつきながら、マスターの居場所を探る…がこれも当然のように不発だった。


『まあ、仕方ないわよね。こればかりは、運ですからね』

そう、言いながらも落胆する肩を止められない。
ケイネスは短気なので、直ぐに結果を出さないと、癇癪を起しかねないのだ。
これがいっそ他人であれば、冷静に対処できるというのに、自分側の人間に対しては抑制心が全く効かないのだから、はた迷惑な話である。

まあ、それでもぐちぐちと言うようであれば、さっき買った熊の形をしたニクマンとやらでも口に突っ込んでやろう、とシャノンは不穏な笑みをたたえる。

『まあ、こんなところにも監視カメラ。…カメラに、いんたーねっとねえ…まあ、些末な情報であれば、使い勝手も良さそうかしらね。うん、帰ったらそちらの専門家を雇いましょう』

などと考えつつ、すべての目的を終えたため、町を逍遥しているシャノンの視界の端に違和感を感じた。その歪みの元をたどろうとした瞬間、視界を横切った金色に目が引き寄せられる。


―――瞬間、鼓動が止まったような気がした。

急に早鐘を打ち始める心臓と体の震え。
シャノンはただ息を飲んで身体を強張らせる。
剥がせない視線が、張り付いたように彼に留められてる。

目の覚めるような金の髪に、透き通った紅玉のような瞳。
それ以外は、毛皮のファーをあしらったエナメルのジャケットにレザーパンツといった、とりたててその周囲を華やがせる艶やかで美麗な面持ち以外は見るべきところもない、男だ。

が、その男を見た瞬間、一瞬、そこに漂う絶対的な気配。
それを直感的に読み取ったシャノンは恐れるように身を震わせた。
身の危険を察する魔術師としての感覚が
研ぎ澄まされた感が
あれは、異質なものだと全力で訴えかけてくる。


これは人間ではない。
サーヴァントだ。
だが、この恐怖は、サーヴァントだということだけではない。
そう言ったレベルで測れないくらいに、あれは異質なものだ。

本能的に理解した、これは危険だ。
ただ、恐ろしくてたまらない。
これは近づいてはならないものだ。
あれは死の権化。
そう、彼の前に立つだけで、無慈悲な死をこうべを垂れて受け入れなけらばならなくなる。
絢爛な威容をもって、冷酷で残酷な死を賜う暴虐の化身。

眩暈と共に、体の芯から得体の知れないモノが這い上がってきて震えが止まらない。
だというのに、なぜだろうか。
何故か、
酷く、懐かしく感じるのは。


目の前の景色がぐるぐると歪み、吐き気すら感じる。
心臓が口から飛び出そうだ。
喘ぐように呼吸する。
喉はからからに乾いて、息が苦しい。
まるで、地上に引き上げられた魚のように。

と、男が何かを感じたのか、ゆっくりと立ち止る。
そうして、その不吉な瞳が、こちらを――――


ボーンと、広場に備え付けられた時計が3時を告げる音を鳴らす。その音にで金縛りが解けた。ざわめく人波が彼と私を隔てる。
そこで、はっと我にかえり、ただ何かに急き立てられるように逃げていた。
振り返ることなく、脱兎のごとく駆ける。


「はあ、っ…はあ―――ぁ――ふっ」

そうして、どこをどう走ったのか、よく思い出せないが気が付けば公民館前に来ていた。縺れそうになっていた歩みを緩め、荒い息を整える。

心臓は張り裂けそうで、狂いそうな動悸が胸を打つ。
少しでも落ち着こうと、大きく息を吸って吐く。

そうして胸に手を当て、シャノンは荒れ狂う胸をきつく押さえつけた。
呼吸は収まってきても、心の底で蠢いた何かは荒れ狂ったままだ。
だからそれを、押さえつける。
彼に対する恐怖を、ではない。
そんな恐ろしい男に対して、自分でも理解できないものが湧きあがってきたことに怯えたのである。

それが、一目ぼれや、恋などと言った、甘ったるい感情であればいっそ納得できただろう。
だがこれは違う。
そんな一過性の感情ではない。
これは、もっと奥深くから生まれ出たものだ。
そうして、それをすべて理解した時、私は今の私と決別しなくてはならないという確信がある。

それらの不安を振り切るように、シャノンは大きく深呼吸をして、胸の奥から囁くすべてを、飲み込み、そして押しつぶした。


*****

驚いたことに、ZEROにおける英雄王の出番はこれだけです。
あるとすれば、IF的BADENDルートのみ。

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