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幕間:救済あるいは贖罪

倉庫街で行われた戦いには、マスターの魔力保有量の関係で召喚からの回復が間に合わなかったため、参戦できなかった。しかし、この身はキャスター。いずれにせよ、白兵戦で劣るクラスであるキャスターとして呼ばれているのだ。マスターの知識を用いても、この時点でマスターの知識にある結末を、大きく変えることなどできなかったに違いない。いや、下手をすれば、アーチャー…英雄王に一目見ただけで殺されたかもしれないのだ。


だが、その後、無事…と言っていいのだろうかわからないが、予定通りに間桐家を襲撃し、間桐桜と助け出すことで、バーサーカーのマスターと同盟を組むことができたので、幸先はまずまず良いといっても過言ではないだろう。

しかし…

「マスター、今回の一件だが、一ついいだろうか」
「…うん、ごめんなさい」
「私が何に対して苦言を呈しているのか、本当に理解しているのか。……わかっていると思うが、君は戦闘能力の有しておらず、特殊能力もないマスターだ。そんな君がバーサーカーのマスターを説得するためとはいえ戦場に赴き、あげく私の知らないところで、間桐の翁と言葉を交わすだと?君に警戒心と言うものはないのか」


そう、あのおぞましい闇が凝る地下で、死に体の間桐の翁は、迫りくる炎から逃げるため、惑わすように梓と言葉を投げかけ、どこかへ去って行ったのだ。
無論、去り際に残した言葉から、得られた情報によりバーサーカーのマスターである間桐雁夜の命を少なからず延命させる術を得ることができたのだから、結果的には良い方に転んだとはいえる。

だが、あれは本体をつぶさねば、人を食らって生き続ける妖魔だ。蔵をすべて焼き払ったとはいえ、早く処置せねば後でどのような被害をもたらすか知れたものではない。
未熟な魔術師見習いである梓が、一人で言葉を交わしてもよい相手ではないというのに……

「し、心配させたのは悪いと思うよ!でも、私はあそこで飛び出したことは後悔しない。だってそのおかげで雁夜さんは私の話を聞いてくれて、同盟だって結べたんだから!」
「それは結果論だ。それにもう一つの、間桐の翁の件はどう説明をつける?」
「あれは…その、…」

キャスターの追及は厳しいものではあったが、その実、マスターの実を案じたものでもあった、
だが、そんなキャスターの言葉を、跳ねのけるように梓は躊躇ったように伏せていた顔を勢いよくあげた。

「だって、あの人のことを私は知らないんだもの。実際に知らないのに…人を、殺すなんてこと、私にはできない。するなら、私が納得してからじゃないと、うなずけないよ。……こんなこと、キャスターは甘いって言うかもしれないけど、どんな人とでも私は話し合うことを諦めたくないんだから」

キャスターは呆れたように嘆息しながら、この甘いマスターを説得しようとする。
そもそも、戦力としてはまずまずだが、暴走する可能性のある間桐と組むことすら、彼女の意向をくんでのことなのだ。
…無論、かの家に、己の個人的な感傷が一つも入っていなかったとは言えないが。


「マスター、今まで魔術師としての教育を受けてきていない君が、人と殺し合いたくないというのはわかる、だが」

そのようなことを、この戦争で言っていたら死ぬぞ、と続けようとしたとき

「…………違う」
「ぬっ?」

梓は何かを言おうとして、それを止めて考え込み、そうして僅かな逡巡を挟んでゆっくりと口を開いた。

「…私が戦いたくない理由はね、誰かと戦うのが怖いんじゃなくて……ううん、きっとそれもあるけど、私は誰かを助けたくて戦場に立ったのに、そんな私が他の誰かを傷付けるってことが嫌なの」

そうして梓はひどく重いものを孕み、曇った声でそう言った。

「なっ……」

その梓の答えに、キャスターは信じられないことを聞いたかのように目を見開いて彼女を見た。
誰も死なせたくないだけだはなく、誰も傷付けたくないだと?

「マスター」
それは、無謀を通し越し、蛮勇と呼ぶべき愚かなものだと、腹の底からこみ上げる感情を押し殺して、そう言葉を続けようとした。

「解ってる。私の言ってる事が夢物語なんだって事は」
「…………」

当然だろう。誰かを救うということは誰かを切り捨てるということだ。誰にも傷付いて欲しくないなんてそんな夢は語るだけ愚かと言うものだろう。子供の見る夢想とて、まだましなはずだ。

大体、生まれ育った場所、時代、価値観、思考、願望、あらゆるものが異なる他者と、争うことなく願いを全うできるなど、それこそ聖杯にでも頼むしか叶うまい。
だが、それは個人を構成するあらゆるものを殺す事と同義だ。元より人とは闘争なしには生きられぬ生き物。そのすべてをおさめるということは、世界を閉じると同義であり、あまりにも意味のない思考だ。己が願いのために、他者の命を斬り捨ててゆく、それこそが正しい道筋と言うものだろう。

それ故に、その理想は破綻している。誰もが傷つかず、誰もが幸せであって欲しいなどという願いはただの御伽噺。妄想や空想の中でのみかなえられる産物に過ぎない。
いや、叶えられないのではない。叶えてはならない、望むこと自体が間違っている、歪んだ祈り。それでもなお、そんな夢を抱き続けるのであれば、いずれはその夢によって滅ぼされるだろう呪いだ。


「でも、それでも私は諦めたくないの。私は、私のせいで死んでしまった人がいて、私と同じような境遇にあったのに私だけが生き残って…こんなことにまでなって、生き残ったんだから、きっと意味があるのよ。ううん、そうじゃなきゃいけない。でないと、わたしは何のために―――」

生き残ったのかと。

梓はそう身を切られるような声で、語った。

それで理解した。よりにもよって、この掃除屋に過ぎない男が、この娘のサーヴァントとして呼ばれた理由が。もちろん同じ時間軸に生きているのだ、「正義の味方」になる前の少年と接点があってもおかしくはないが…似ているのだ。私たちは。

自分だけ生き残ったことを悔い、死んでしまった人の代わりになるくらい特別なことをしなければならないという強迫観念に駆られている生き方。
そのまま何事もなく長じれば、NPOやボランティアなどで人々を助ける程度の人で収まり、普通の終わりを迎えるはずが、なんの運命のいたずらか、彼女の手には令呪が宿ってしまったのだ。

そうして、その戦争を戦い抜くための知識とわずかな才能も。
無辜の市民を、助けうる可能性がある人を、全ての悲劇から助けるために、その理想のために彼女は己の身を顧みないというのだ。

似ている。いや、特殊能力がないだけ、彼女は分を弁えているだろうが、このままこの戦争に勝ち進んでも、はたして彼女に救いはあるのだろうか。このまま彼女も正義の体現として…

「私は、最初からあきらめたくない。話さなかったら、わからないでしょ。可能性が、…その可能性が一つでもあるなら、試してから剣を取りたいの」

そう泣き出しそうな顔でこちらを切実に見つめる瞳に、思考の渦から引き戻される。

己自身を顧みない慈善など、最初の定義からして破綻している。その上、それをこの娘は自覚しているというのだ。
ならば、どうやって彼女を救うことができるというだろうか。

彼女の考えは愚かだと思う。見当違いの罪悪感。無意味な感傷。
その道を貫いた自分だからこそ、断言できる。
この夢はここで終わらせた方が良いと。
それこそ、彼女のためにはそうするべきだと。

だが、そう真っ直ぐな瞳は、傲慢にも、そしていずれ取り返しのつかない程の罪を生みかねず、それによって滅びかねないほどの眩しい夢を語るのだ。

「では君は私の後ろで控えながら、敵陣営の説得に乗り出すと?」
「う、うん。その、キャスターには負担をかけて、申し訳ないけれど…」

吐き気がするほど甘ったるい台詞だ。八つ当たりじみた、苛立ちすら湧き上がる、だが―――

「はあ、――ではそのように戦術を練ろう」
「ごめんな………って、え?いいの?」
「君は思いのほか頑固だからな。いや、私以上かもしれんぞ。何しろ、この戦力でそんな大それたことを言うくらいだからな」
「う、うぅぅぅ〜」

物凄く申し訳なさそうにするマスターに苦笑いが漏れる。
が、そう悪いものではない。

大体、最初から方針を決めているなら俺の言葉など歯牙に欠ける必要もなかろうに。
本当に、はらわたが煮えくり返るほどに憎らしい誰かと、タメを張りかねない底抜けのお人好し具合だ。

「まあ、マスターの指示にはサーヴァントとして従うさ。それがそれほど無茶な指示だっとしても、拒むことなどできないわけだからな」
「あ、……ありがとう!キャスター!!」

非合理的で、愚かで、どうしようもない。が、その瞳に宿った真っ直ぐな光はかつて見た夢をほんの少しだけだが思い起こさせた。それを対価として、働こうではないか。

「マスターが対話を望むのであれば止めはせん。だが、その結果が君の望んでない物だった時は、腹をくくってもらうことになるがいいかね」
「うん、わかっている」

いや、割には会わないとは自分でも思うが、このあがきは彼女にとって必要なことなのだろう。
ならば先達として、道を違えぬよう導いてやるのが定めというものだろう。
だから、そんな張りつめたような顔をするなと言ってやらねばな。

「マスター」
「えっ、な、なに?」
「君のサーヴァントは、この私なのだ。何を恐れている?」

梓はその言葉に息をのみ、ほころぶように微笑んだ。

「…うんっ、そうだね。…キャスター」
「何かね?」
「絶対に、勝とうね」

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