春眠 | ナノ

倉庫街での死闘裏3

切嗣が気が付かなかったのも無理はない。
そもそも魔眼というのは、眼に収めるという行為からして、相手との距離が問題となる。そうだというのに、なぜこの距離でこれだけの威力を発揮できるのか。

今の時代の魔術師が後天的に付与した程度のランクの低い魔眼は、直接的な影響を受ける類のものであるほど、近距離でなければ然程脅威ではない。そう千里眼など、位置を知られるという点においては脅威だが、実質的な害などないに等しいのだ。

だが、その果てない距離を0に近づけるのが、彼女が生まれながらに持つ魔眼、「千里眼」の能力である。

『といっても、予知や透視なんて高度なものは、大がかりな儀式をしないと見れないのが難点かしら』

そう、苦い笑みを内心零しながらもシャノンは魔術を瞬く間に編み上げる。
事実、実際に近接戦闘で使うとなればせいぜい感が研ぎ澄まされる―程度にしか使えないだろう。
だが、この程度の距離を0にする程度は造作もない。
元よりこの魔眼は「見通す」ことに特化しているのだから。


魔眼の作用を変えるということだけでも、信じがたいというのに、彼女は異なる作用を持つ魔眼を同時に使いこなしているのだ。異なる作用を持つ魔力を制御し、相反する魔力を暴走させる事なく機能させる真っ当な魔術師では…いやいかに魔術師殺しとはいえ思いつきもしないかっただろう。


黒衣の男―――切嗣はレジストしようと試みているようだが、

『抵抗したって無駄よ―――だって、そこはもう私の領域フィールドですもの』

憐れむように、くすり、と吐息のような微笑みを零す。
そう、切嗣は気付いていないようだが、そこいら中に念入りにまき散らされた水晶の破片が静かに共鳴し、魔眼の力を増幅させているのだ。
魔術礼装「水晶の夜」、その本領は最初でこそ、その輝きを理解できないが、魔術行使の最後の一押しをする力を秘めているのだ。

 
『ええ―――もう、逃がさない』


そうして優雅に、闇を分かつ白く細い月のような人差指を向け、まるで謳うかのように口を開いた。


*****


切嗣は歯噛みした。
このタイミングで、サーヴァントを用いて、こちらを排除してこないところを見ると、この女はマスターではない。となると、ランサーのマスターの助力者と考えるのが自然だろう。
切嗣は自分たちがマスター以外の助力者を引き込んでいる以上、他の参加者にもそう頭が回る相手がいても当然なのだということに今更気づいたのだ。

しかしまさか、典型的な魔術師がこんな裏をかくような真似ができようとは。
このあまりにもうますぎるタイミング。
典型的な魔術師の隙を突くことになれた切嗣を、反対に足元をすくうとは、いったい何者だ。

だが、そのように懊悩しつつも、事態は悪化の一歩をたどるのみである。

四方から押しこめられるような圧迫感。
呼吸すら、満足に行うことができない。
己の意識が小さく、小さく握りつぶされていくようである。
だが、視界だけは恐ろしいほどに良好である。
そうであろう、この閉じることすらできず、ぴりぴりとした痛みを訴えかける瞳は、死神の鎌が振り下ろされるまで、その一瞬も逃さずに、脳に映像を送り続けるのだろうから。


全身に魔力を流すものの、失敗した魔力の残滓だけが身を焼くばかりで、いっこうにレジストできない。それどころか、魔術回路すら自由を奪われつつあるというのだ。
ああ、縫いとめられた瞬間に使っておけば別だっただろうが、もはやこの状態では令呪すら、まともに起動できないだろう。


『っっ、くそっ!』


魔力でレジストできない以上、一度捕らえられたこの魔眼から逃れうる術は、相手が瞼を閉じない限りない。
視界に入った時点で敗北は必至だったのだ。

だがまだ死ぬわけにはいかない。
恒久的世界平和を、なすという祈り。
この地での犠牲者が人類最後とするために、最愛の妻を殺すと決めたあの日。
大切なものばかりを失い、それに見合うだけの見ず知らずの命をすくい上げた日々。
脳裏に妻と子の笑顔がよぎる。
信頼した目で、こちらを見上げ手を伸ばしてくる愛娘。

そうだ、こんなところで、何もなさずに、僕は――――!


そんな切嗣の思いをよそに、
月明かりを受け、光を放つような冷たい髪をした女が唇をそっと開き、
花を摘むような優雅さでこちらに指をむけ―――


   もしこの魔眼から逃れうる可能性があるのであれば…


高い銃声が夜に響き渡る、と同時に倉庫街から爆音が響き渡った。
女の影がぐらり、と揺らぐと同時に、意識を圧迫していた圧力が消えうせた。

   そう、何らかの影響で、対象者からその視線がそらされる時である。


身体が動くようになったのと瞬間、咳き込みながらも銃を構えようとするが、まだ魔力の残滓が回路にこびりついているのだろう。体が自由に動かせずに、切嗣はよろめくように膝をついた。せめて女の顔だけでも確認しようと、目を凝らしたが、すでに女の影は闇霧に紛れてとけるように消えてしまっているときた。


『大丈夫ですか?切嗣』
「ああ、助かったよ舞弥。それで、状況はどうなっている?」


舞弥の呼びかけにいつもと変わらぬ冷静な声で、答えを返しながら、一足先まで迫っていた死の気配が齎した絶望と恐怖を強じんな精神力で押し殺す。
そう、女を追撃しなければならないが、何よりもまずは現状の確認をしなければ。


*****

ケイネスが主の意を汲まず道理を弁えぬサーヴァントのために、セイバー追撃の命を令呪によって強制しようと、その右手に意識を集中させようとしたその時

『ケイネス、今すぐそこから引いて。
貴方を陰から狙っている奴がいるわ。それも複数人よ』

『なっっ!!』

パスを通じて交わされる念話。
周囲を魔力で探ろうとも、巧妙に隠れているせいか見付けることができない。
ここで、事を構えることももちろんできる。
が、誰が見ているかわからない場で手の内をさらけ出すのは勿論、己のサーヴァントですらあのざまだ。
ここは引くのが肝要というものだろう、と考え

『……っ、ランサー、引くぞ』

そう告げ、ケイネスは倉庫の屋根より姿を消した。


*****


セイバーに与えた傷は、切嗣のSOSによりびびっときたため、親指の腱などの致命的なものではなかったという設定で。
ふくらはぎとかそのあたりでいいのではないでしょうか。スピード若干ダウンで。

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