春眠 | ナノ
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摩天楼の終焉

薄い林に囲まれた館の中。
かつてフィンランドの名門魔術師たるエーデルフェルト家が使っていたという謂れを持つ空家。それが今の彼らの新しい拠点でもある。

窓の外は深い闇が凝っており、わずかな灯火しか灯されていない冷え切った部屋は、いよいよ薄暗さを増すようである。その光すら今にも死に絶えそうな部屋の中央には、月のように淡い燐光を放つ丸い鏡が古びた椅子に立てかけられている。
瞬間、轟くような音が鏡から静かな部屋に響き渡った。

そうして、使い魔から送られてきてた映像を投射した鏡が、夜を穿つように高く聳え立つ摩天楼の終焉を告げる。

「どうやら、私の忠告は的を得たものだったようね」

ほっそりした女の影が、静かに口を開く。


「ああ、さすがはエリダヌス。天の河の名を関するだけのことはあるな。それに比べ、ランサー。お前というやつは…この私に聖杯をもたらすべくその槍をささげたといった言葉は偽りなのか?」

だが、それに答える男の声には、己の思うようにならない苛立ちと憤慨が押し込められていた。いや、摩天楼に置いてきた人形がこんな手口で壊された苛立ちと、魔術の反動も相まって、天を衝かんばかりの、煮える怒りを必死にこらえている。

「いいえ、嘘偽りなく」

その詰問に粛々と目を伏せ、慎みをもって答えるは美貌の英霊。


「ではなぜ、セイバーを仕留めるどころか、宝具を開帳しておきながら、有効な手傷の一つも与えられなかった?ああ、問うまでもないな、貴様は戦いに悦を求めていたのだ。それ故に、その槍には決定打がなかった。そう、その時を長引かせたいためだけにな!」

憤然たる面持ちを己がサーヴァントに向けながら、小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、そう断じて、ケイネスは手に血が滲む程に強く握り締めた。

ケイネスが苦悩する原因は己のサーヴァントにある。先の倉庫街での一戦、ランサーはこれ以上ないほどの勝機を、バーサーカーの横槍で手に入れることができたのだ。そう、ランサーが騎士道などと言うものに拘泥しなければ、確実に最優のサーヴァントたるセイバーを打ち取れたほどに。だというのに、このありさまだ。

「結果も出せないくせに、よくもまあ戦場にて遊びに興じるほどの余裕があったものだ」

鋭く射竦められるような視線を、ランサーは顔を伏せて耐えるように詫びた。

「申し訳ございません。ですが、騎士の誇りにかけて、戯れ言で槍を取りはしませぬ。あのセイバーの首級は必ずや討ち果たして見せます、ゆえに主よ、いましばらくの猶予を」



そう叱責じみた詰問と言い訳を繰り広げる男たちを、シャノンは一人、壁に身をもたせかけながら、細い腕を組み、静かなぼんやりと瞳で黙ってそれを眺めている。打たれた銃弾は魔術防壁を施したコートによって、防がれたものの、衝撃は防げず肩が痛みを訴えかける。あの銃弾があと数10p上にずれていたら、危なかっただろう。
そうして、先ほどまで使用していた、魔術礼装たる眼鏡を外し、疲れた瞼を手で覆いながらため息をつく。


そうして、唐突に口を開いた。

「ねえ、ランサー、貴方が考える騎士として義を貫きたいの?それともケイネスに初め誓ったように、主が望む忠義者たるサーヴァントでありたいの?」

その声には叱責するような色はなく、ただ純粋な疑問だけがあった。

「別に責めているわけではないわ、己の心の内を、出会ったばかりの人間にさらけ出すなどできるはずも有りませんものね。そして私たちとて、貴方の心を読み取る術はない。だから、教えてほしいと望むのよランサー、貴方の心のありようを」

思わぬ質問に驚き、返答に詰まるランサーに、柔らかに心を解きほぐすような声を紡ぐシャノン、だがその言葉の端々には隠しようのない不信感があった。

人は理解の及ばないものを忌避する。
理解の及ばないもの、未知の存在、それらはただそうであるだけで恐怖に足るのだ。
何を考えているのかわからないモノ、同じものを見ているのに、視線が交わらないモノ。
そんなものに、同調して信頼するなど以ての外だろう。
ゆえに、教えてくれと、知りたいと。真実をつまびらかにしろと。

「貴方が騎士道を重んじる人柄だということも、その信義をかけた華やかな戦場を求めているというのも理解できるわ。我らとて、魔術師としての戦場に身を置けば、秘儀と誇りを持って決闘に挑むのでしょうから」

ゆっくりとランサーに近づいて、シャノンはその涼やかな瞳を捕らえるように覗き込む。
解かれた娘の髪は滝のように、さらさらと流れ、娘の表情に影を作った。

「けれど、今回あなたはサーヴァントとしての信を誓いながら、騎士として戦うことを選んだように見えたわ。勿論、それで勝利を得られるのであれば、ケイネスも口を噤み、貴方に采配を預けましょう。けれど、先刻の一件と、今回の事件を鑑みるにセイバーのマスターは卑劣な手段も辞さない外道よ?ならば、相応の結果を出すためにはサーヴァントとして、最低限の命令には忠実に行動すべきではなくて?」
「…なぜ、セイバーのマスターだと?」

そうして、せめてもの光明を見出そうとして、ランサーは重い口を開く。

「言ったでしょう。私の魔術は情報収集や分析に特化していると。あの卑劣な行為を行ったのは、確実にセイバーのマスターよ。それだけは間違いないわ」
「……」

そう断言されてしまっては、ランサーも沈黙するより他ない。

「セイバーのマスターは残念なことに、貴方が好む高潔な騎士道を謳うセイバーに相応しくないほどに、卑劣・非道、またはそう言った類の行為を平然と行う人間よ。まさか、そう言った輩にまで敬意を払えと言うのではないでしょう」
「そんなことは断じてありえない!それは騎士に対する侮辱だ」

「ええ、そうでしょうね。我らにとっても、ああ言った輩は好ましくないもの。だから教えてランサー。あなたが騎士として戦いに赴き、望む通りに義を貫き通して挑んだ戦いの裏で、あなたの主が卑劣にも罠にかけられ死んでしまったら?それでもあなたは胸を張って己の行為を正しいと言えるの?」

そう、鷹揚に肯定したあと、どうして主に対する信と己が信じる義の願いを、どちらか一つを選べないのかと、シャノンはそう問うた。

「それは…」
「どちらかを選ぼうとして取りこぼしたのだから、今生こそは、忠義を果たして見せる、そう願ったのは嘘だったとでも?」

言葉を詰まらせるランサーにシャノンは、一転浮かばせていた冷たい笑みを消して、ランサーを鋭い瞳で射抜く。

「そんな…偽りなど、語るものか」

だが、その返答には先ほどの力がない。
偽りはない。だが無いからこそ、弁解の余地がないのだ。
ディルムッドと言う英霊にとっては、誉れも誇りも騎士としての道に沿う、切っては切り離せないもの。どちらかを選ぶということが埒外にあるのだ。
いや、その昔、忠義と愛と、選ばさるおえないときにおいても、ランサーは選べなかった。

結果的に裏切ることになったものの、それは外界からの強制によって選ばされたものだったのだ。そうして、己の意志でどちらかを選べなかったことが、両方を貫かんとしたが、破滅を招いたのだ。ゆえに、「忠義」を貫くことを求め召喚に応じたランサーには、その騎士道に沿った「忠義」以外の道は選べない。

いや、それ以外の道を選ばなければならなかったことを、今まで認識していなかったのだ。

それゆえに、今、この場でランサーは沈黙を持ってしか返答ができなかった。

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