春眠 | ナノ
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行く先知らず

―――魔の槍が活躍するよりも前の遠い昔の話です

昔々、穏やかなある地に戦火が迫りました。
神々の戦です。
戦える男はみな死に絶えました。
戦えない男も皆死にました。
そうして動ける男も女も逃げました。

そんな誰一人として残っていない死んだような地を
ある勇猛な心を持ったドルイドは、でたった一人で守り通したのです。

その目覚ましい活躍を見て、高きところにおわす神は高らかにこう告げました。

優れた勇敢なるドルイドよ、その武勇と誉れ高い勲に褒美を授けよう。
この瞬間より、この地は、人の世の流れから切り離され、豊穣なる大地となるだろう。
この大地は潤い、作物を実らせ、繁栄を約束されるだろう。
そしてお前たちは死すべき定めの人が所有したことのない長寿を授けよう。

だが、気を付けるがいい、この宝はその宿命を受け継ぐ者が途絶えた時、
春の夜の夢のごとく
まやかしの蜃気楼ように、消え去ろう。


そうして、彼らの一族には大いなる春が訪れたのでした。
遠い、遠い昔の話です。

*****



浮かび上がる様に、夢から現へと戻ってきた。
耳元で吹き渡る風の音で目が覚めたのだ。

木々の陰に隠れて、星明りさえさえぎられた暗い森。
重い目蓋を持ち上げると、夜明け前の薄闇の木々の中に、うっすらと月明かりが透けて見える。

途端、ティーナンは跳ね起きた。外套についた腐葉土や枯草が重そうな音を立て、ばさばさと剥がれ落ちる。
ほんの少しまどろむだけと思ったのだが、いつのまにか眠ってしまったようだ。

薪は燻りすら残さず、絶えていた。
ため息をつきながら、まあ、獣に襲われなかっただけましかと、冷えた体を摩る。
まだ夏は遠く、未だ時折冷たい風が吹きすさぶ中、炎なしに朝を迎えるのはいささか辛い。
が、魔術で炎を起こすほどでもなかろうと、長い外套を身体に巻きつけ空を仰ぐ。
群青色をした空にまたたく星を、木々の隙間から透かして見ようとするような、どこを見ているかわからない茫々とした遠い眼。

髪の一房が頬に張り付いて煩わしい。
それをめんどくさそうに払い落とすと、乾いた泥と血が剥がれおちた。寒さで引き締まった皮膚が剥がれおちる感触にピリピリとした違和感を訴える。

森は静寂に満ち、ただ、時折吐く、自分の呼吸の音だけが闇に煩い。
朝はまだ遠かった。
覆いかぶさるような木々にさえぎられた寝床は暗く、光の一筋さえも見えはしない。


ティーナンは故郷から遠く離れ、荒野をあるいは深い森を一人歩き続けた。はたから見れば使命も目的もない、当てのない旅路のようではあるが、確かにそれはある目的を持った旅路だった。問題があるとすれば、目的が本人にもよくわからないことだろう。
だが、思い出せないということは、思い出す必要がないということだろうと、そう言い聞かせ、遠くはローマまで足を運びもした。そこで見た英雄が齎す歴史の転換期は、いずれはガリアまで覆うことだろう。だが、それは今ではない。
そこで多くの友と愛も得たが、そこに「彼」の求めるものも、また留めるものもなかった。


そうして、ふと先ほど見た夢を思い出した。
炉辺で母より聞いた、一族に伝わる言い伝え。
たしかに、他の地よりは豊み若干長い寿命を得てはいるのは事実ではあるが、個人的に眉唾物ではないかと思っているのだが。

そうして深く、長いため息をつく。
自分には目的が…探し物があるはずなのだ。一所にとどまっていると、焼けつくような尚早にかられてただ流離ったが、どうも見つからない。
というか、思い出すことすらできない。
何かに急かされるような気持と、別に焦る必要などないのだという気持ちが交差する。

ずっと、なにかを求めてきたのだ。何かを得ねばならないと。交わした約束を果たさねばならないと。
しかし、いつも結局は、それがなにかもわからないまま、僅かに得たものを捨て、行先も分からぬまま、いずこかへ再び旅立つしかないのだった。

寄る辺持たずさまよい続けるのは容易ではない。いかに交友を結ぼうとも、そこは己の居場所ではないのだ。彼を信頼し、一族へと迎え入れようとさえしてくれた者もいたが、それすら己の足をとどめることはできなかった。いや、それを受け入れた時こそが、自らの死を意味するのだから当然であろうが。

ため息が消え、後にはただ、淋しい蒼褪めた闇だけが残る。
死んだように色が無く、朝の遠い、薄暗い闇の中に、ティーナンはただ一人佇んでいた。
知らず零した吐息が、夜の寒さに凍り、白く闇に沈んでゆく。


こんな時、冷えきった体を安心して癒す事の出来るあたたかな炉辺が酷く恋しくなる。

「炉辺、か」

口にしてみると、その慕わしい言葉がひどく遠く感じた。

「…もう一度エリンを回ってから、父の館へ帰るか」

浮草のように彷徨う身は、いまだ行きつく行方すら定かではない。そうしてティーナンはその先に待つ定めも知らずに故国の地を踏む。

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