春眠 | ナノ
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★SIDE:白乃〜第2層〜

――――階段を下りると、そこは雪国でした。

いや、意味が分からないだろうが、言っている私も、こうとしか説明ができないのだ。
しかし、これがこの階層の特徴なのだろうか?
階層は衛士の心の表れだという。
だとすれば、この雪は何を表しているのだろうか。


視界を覆うは、天から舞い落ちる雪の華。
偽りの風が、地に落ちた雪の結晶を舞い上げる。
空からは、波間に蠢く斜光のように、時折赤い光が差し込む。
しんしんと降り積もり、雪はその仄紅い光を浴びて、時折桜色に色ずく。
降る雪は、見る角度からは白い桜の花弁ようにも見えて、目をくらませんとばかりに、過ぎ去ってゆく。

――――いや、実際にテクスチャーが、角度によって変化している。これは、真実に雪でもあり、桜の花弁でもあるのだ。


その有様は、目が眩むほどに幻想的。
息をのむほどに蠱惑的。


歩む度に、足元から粉雪が舞い踊り、まるで夢か絵画の中にでも迷い込んだよう。
だって、足首まで積もった雪の中に立っているというのに、まったく寒さも抵抗も感じないのだ。
それは、この純白がただのテクスチャであるためか、それとも桜の花弁でもあるからなのだろうか。


雪のようにはらはらと降り積もる桜の花びら。
桜のようにふわふわと散り急ぐ、雪の結晶。
春に降る雪。
海に降る雪。
真白い化粧を施された、薄紅の花。

息を吸うだけで、高い山に上ったような息苦しさと、眠気にも似た穏やかな微睡が襲ってくる。

だが、今は立ち止まっている暇はない。
そう、気を抜けば意識を持っていかれそうな虚脱感を頭を振って逃しながら、腹の底に力をこめて傍らのアーチャーと視線を交わして、一歩踏み出した。



迷宮は目が眩むほどに美しかった。
だが、それがゆえに、ここが人のいるべき場所ではないと教えてくれる。
無慈悲なほどに清浄な空間。
気を抜けば、瞬きの間に鮮血に彩られるであろう純白
主に仇名す不条理を決して許さない、幻惑の回廊。

そんな視界を遮る雪/花弁に遮られ、隠された罠を必死に潜り抜ける。
先のラニやリップの階層とは比べ物にならないほど悪辣なそれ。
アーチャーがいなければ、確実に数回死んでいたことは間違いないと確信できるほどの気の緩みを巧妙につく罠の数々。

なるほど――――この迷宮の仕様は、罠を隠すためだったのか。
幾度となく感じた死の冷たい気配に、背筋を撫でられながらも、見通しの悪い迷宮をひた進む。

そうして、奥底。
碧いシールドに遮られた迷宮の奥が見えてきた。


青々と淡い燐光をはなつシールドに照らされて、背を向けて。無防備に立つ一人の女。
周囲に仕掛けられた罠を警戒しながら、彼女へとゆっくりと足を進める。
シャノンは私が近づいてきていることに気付いている。
だが、私が戦うに値しないというかのように、振り返ろうとすらしない。

――――シャノン

声をかけると、落胆を込めたため息とともに、シャノンがこちらに顔を向ける。

「白野くんに来てと言ったのに、……お休みなの?」

すみません、本当にすいません。あの処刑宣言に怖気づいてしまって、今頃校舎で養鶏所の鶏のようにチキっています。許してやってください。
不満げに零される声に、この通り、と頭を下げる。

「もう、――――楽しみに待っていたのよ」

そんな私の返答を聞いて、シャノンは恋人を待ちわびるような可憐な少女のような面持ちで、ため息をつき

「こんなにも頑張って彼のための処刑場を整えたっていうのに、ね。この丹精込めて作り上げた持て成しを披露できないなんてガッカリよ。彼が熟れた林檎のように潰されるところを見たかったのだけれど――――ええ、本当に、残念だわ」

そうして、血に濡れたような紅い唇を、歪ませながら冷たくにほほ笑んだ。

最初の毒のない、人の好いだけの女性としての面影はかけらも感じないその有様。
あれから彼女は、3段階くらいの階段をすっ飛ばして、凄い進化を遂げたらしい。
うん、具体的には触れるな危険レベルの危険物に。13日の金曜日とかに、兇器を持って暴れ出しそうなほどに、目が輝いていらっしゃる。ああ、Bボタンキャンセルは…もう古いのですね。

だが、これはこれで、生き生きとしていて楽しそうだから、いいの――――か?えっと、うん、まあ……スイーツでも食べて、落ち着きませんか?

「ごめんなさい。今は白野くんをどう料理するかで、頭も胸もいっぱいなのよ。―――でも、潰すだけの料理とか手抜きにもほどがあるわよね……オードブルからデザートまで整えられたフルコースでもてなして見せるから、今度は彼を誘って、出直してきていただける?」

その言葉は、まるで、恋人に初めての手料理を振る舞うかのような、楽しげな少女の顔で、可憐に零された。

だが私は知っている。
そのコース料理の素材こそが、白野だということを。
しかしリップに続いて、このシャノンの有様。最初に見せた顔とは正反対の、ただ一人だけに見せる乙女の顔。この差異を萌えと言ってよいのであれば、彼女たちの変貌はギャップ萌えと言っても過言ではない。ただし思いの先にいる相手は死ぬが。まさにエターナル・ギャップ・ブリザード。
デレの対象者は死ぬ。

嗚呼、なんということだろうか。
もしかして、これが白野のモテ期というやつか!?
うん、よかったねー(棒読み)
全然羨ましくないです、はい。
あまりの衝撃に、内心一人ツッコミをしてしまう。

「はあ、気が抜けたわ……帰ります」

そんな内心はいざ知らず、肩を落として、シャノンは踵をかえしてシールドの向こうに消えようとする。

だが、ここまで来て逃げられるわけにはいかない。
というか、正直この罠だらけの迷宮に何度も挑むとか、考えたくないのだ。

遠ざかろうとする背中に追い縋り、手を伸ばして――――
アーチャーに勢いよく襟を引かれた。急に引かれた襟に圧迫されて、息がぐっと詰まる。

っっ――――!なにをするの!
何故マスターに乱暴な扱いをするのか、文句を言わねば気が済まない。


と、弓兵の方へと振り向こうとした瞬間、鼻の先を冷たい閃光が通り過ぎた。
その顔を掠めるほどの近さに、喉が凍りつく。
いつの間にかアーチャーの手には、無骨な二振りの短剣。そうして、その鋭い視線の先には―――緑の外套を纏った一人の男が立っていた。

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