春眠 | ナノ

11

「つまり、彼女は相手の本質を重視しますが、それ以前に性別や立場、その肉体の置かれている状況にあった振る舞いを求める、ということですね。思えば彼女も、つつましやかな振る舞いを心掛けていたように思います。女性参加型社会推進会議なんてものに参加しているので、そういった古いステレオタイプにあてはめられるのは好ましくはないと思ったのですが…そう―――言われてみれば納得できることもあります」


話に意識を向けて、悔しさを声に滲ませるレオを見る。その顔は、それなりに身近にいたであろうシャノンのことすらも、今まで理解できていなかったことに苦く歪んでいた。


「まあそういうことだ。いずれにせよ、その輩に相応の実力が伴っているのであれば、相手の思想が受け入れがたいものであれ、一時抗えども、最終的には首を垂れることを厭いはせん。本質は、相当の結果主義の実力主義だからな。あれはあの見目には似合わず、手の行き届いた庭で咲くよりは、荒野を開拓する方を好む性質だ。使いどころを間違わねば、相当の益を生み出そうよ」

そこまで聞いて、はて、と納得いかずに首をかしげた。ということは、俺が怒られた理由って、もしや………

「それは、貴様が軟弱だったからだろう。軟派、ラッキースケベ、無意識フラグ建築、ヘタレ―――ああいった人間が嫌う典型的なパターンを網羅しておるぞ。―――うむ、見事だ。その道を究めるよう精々励めよ。主に、この我が面白いからな」

ははは、と高らかな哄笑を響かせながら、薄い口唇を歪めて不遜な笑みを浮かべ、傲然とそんなことを言い放たれる、我らの金ピカ。

わあ、英雄王に初めて褒められたぞ!
嬉しくねー
というか、身に覚えのない単語ばかりなのですが。

「ええ、そうね」
「全くです」
「うん」

ってなんで、みなさん頷くのだろうか?
特に白乃、お前だけには全力で異議を申し立てる。
だって、お前もフラグ建築という隠された才能の片鱗を見せつけているじゃないか。
いや、性別を超えたその能力の高さには俺も脱帽だ。
だが、そんな視線は、ふい、と顔をそむけて逸らされる。
おお、納得がいかぬ。

「だが、あれはそういった役割も弁えて、柔軟に立ち振る舞うはずだが……まあ、己よりも劣った人間に性差などと言ったもので支配的に出られ、不快を感じること多かったのだろうな。……あのSGはそれの発露か」

そんな中、誰に聞かせるでもなく、最後に零された声。それで頭が揺さぶられるように、思い知らされた。

優れたもの、高い立場にあるものには、それ相応の振る舞いが要求される。そうでなくては、いらぬ嫉妬や妬みそしりにより、破滅を招く。
それが人の業と言うものである。
だからこそ、その立場にあるものは、然るべくふるまい、摩擦を減らすのである。
それが、立場に付随する義務であり役割だ。
だからこそ、考えてしまったのだ。
その誰もが焦がれる立ち位置は、役割を重んじるシャノンにとってどんな意味を持つのかを。


――――そう、たとえば、彼女の迷宮内での清廉なまでの乙女としての姿が、本当の彼女であるかのように。己を殺してまで、そう振る舞わなくてはならなかったのではないか。
そう考えた瞬間、無償に腹立たしくなった。

「あはは、――――はぁ、そうであるなら、どれほど僕としても楽だったことか」
「何、そんなに面倒な性格だったのんだ」

珍しくもがっくりとした、妙に疲れたような声でレオがぼやく。
気力のすべてをスポンジか何かに吸い尽くされたようなそれ。
珍しい、レオがそこまで倦怠感にあふれたような声を出すなんて。まるで、ハーウェイカレーについて、語っていた時のようではないか。


「いいえ、そんなことは、まあ一応はありませんでした。彼女は基本的には温和な気質ではありましたからね。―――ただ、彼女がリヴィエール家の代表としてふるまう時は気を抜くことなんてできませんでした。かの家は昔から利害の計算は恐ろしいほどに厳格でしたからね。抜いたが最後、すべてを掻っ攫われかねません」
「つまり、ハイエナのように利に敏かったということでしょうか?」
「と、いうのも正確ではありませんね。事実10の内、2は純粋な善意から動いているのですから。後の6も最終的には相手方に利がありますから、まあある意味持ちつもたれつといってもよいでしょう」
「ねえ、なら後の2はどうなってるの?」
「彼女たちが利をえます。そう―――――、今までの負債をチャラにするくらいの利益を。その時のシャノンの顔と言ったら、本当に晴れやかでしたよ。ええ、見ているこちら側の腹が煮えくりかえりそうになるくらい」

そ、そうなのか。あのレオがそこまで苛立つとは……顔に似合わず、かなりしたたかだったんだな。
うん。ご愁傷様です、生徒会長。


だが、その言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。
そうか、よかった。本当に良かった。
そう、俺は初めに見た優しげで儚げなだけの女性としての顔よりも、最後に見せた感情的な顔の方が好ましかった。

いや、もちろん、殺意を抱かれる方がよいわけではないが、あの時の彼女には殺意はあっても、本気で殺すつもりはなかったように思うのだ。いや、自分でも何を言っているのかわからないが、そう感じた。
確かにあれは、かなりの迫力だったが、なんというか、彼女にとってはただ、ちょっとつついてみただけというか……

まあ、とにかく、本当の彼女を露わにしてくれたことの方が、俺には喜ばしかったのだ。そう、――――永遠に変わることのない新雪のように傷一つない美を体現するよりも、変化しながらも生命の輝きを放つ姿。その方が、より彼女には相応しいに違いないのだから。


そう確信して、頷いていると、ふと視線を感じた。その視線は真後ろから感じる。そこにいるのは、たった一人だけだ。珍しい、ギルガメッシュがここまで俺を凝視することがあるとは、などと思い顔を上げると、まるで感心したような視線でこちらを眺めている黄金の英霊と目があった。

………まあ、勘違いだろうが。こんな男が、意味もなく感心するわけがないのである。
しかし、一体なんだろうか。

そう疑問に思ったのもつかの間、うむ、ともっともらしく頷き、次の瞬間には、飽きたように宙に視線を投げながら、口の端にいやらしい笑みを浮かべ――――

「しかしまあ、あれも女だ。組み敷き蹂躙すれば、己の立ち位置を弁えよう――――うむ、試してみるか、白野?」

そうして、俺のサーヴァントは爆弾を投下してくださった。
さ、最悪だ――――!!!
何言うんだこのこの原始人、最悪だ!!!

サーヴァントとマスターは少なからず、似かよるものがあるという。
これを引き当てたと思われている俺が、これから先、どういった目で生徒会の皆から見られるのかと思うと、胃が今から軋みを上げそうである。

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