天球儀 | ナノ
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9

旅路の終わりが近づいてきた。

人類史の染みとはいえ、せいぜい、一つの街単位での特異点だ。
戦力さえ整えば、1日で物理的に踏破可能なのは言うまでもない。

森に分け入る。そんな中、マシュは

「私は自分が恥ずかしいです」

ぽつりと、そう弱音を零した。

「姉さんはすぐに敵に立ち向って、マスターを護ろうとしたのに、私は震えてばっかりで…」

恥じ入るように項垂れ、悔しさから震える細く白い首筋。

キャスターというサーヴァントとして正しい在り方を見たからか。自分で宝具の開帳すらもできない未熟なサーヴァントとしての在り方を悔いているのか。
マスターを守れなかった、何の役にも立たなかったと自己嫌悪に苛まれる妹を慰めるように、指通りの良い髪を撫でる。

「仕方ないわよ、私は魔術師だからね。心構えが先にできていただけだもの」

ミリアムは怠け者ではあるが、目的があれば自己保全を無視してでも限界まで走り続けることができる非人間だ。

だから、サーヴァントとして顕現したのなら、マスターを守ることに迷いはない。抱く余地がない。

それが獣じみている、と言われたこともある。
自分の限界を顧みずに、行動できるだなんて、知性を持った人間のすることではない、と。

だが、そもそも人間性を削っていくことが魔術師になることなのだ。
魔術師として育てられたのだから、そうなるのは当然ではないかと思うのだ。

でも、マシュは違う
マシュは普通の女の子だ。
魔術師として造られ、生まれ、育てられたミリアムとは前提からして違う。


「でも―――」
「それにね、ほら、オルガマリーみたいに魔術師なのに、ビビリなのもいるし、ね?」
「そこ!何か言った!!」
「いいえー、なんにも」
「いい返事ね、カルデアに帰ったら覚えてなさい」

チキンなくせに、高圧的なんだから。少しは弱みを見せたっていいのに、と、ぼやきながら、未だにしょげている少女へと、くるりと振り向いて、額にデコピンを一つ。


「いたっ」
「重要なのは、これから何ができるかってことでしょ。次からはすぐに守れるようにその盾を振るえばいい。今のマシュにはそれができるはずよ。だって、その守りたいって意志があったからこそ、宝具は顕現したんだから」

宝具はその魂のあり方。本質の発露だ。体が覚えているのなら、心をそれに沿わせればよい。ただそれだけのことだ。いまだ真名もわからないミリアムとて同じこと。

誰かを守る宝具が発動したのであれば、その誰かを守りたいという精神は、心は確かにマシュ自身のものであるはずなのだ。何を恥じることはない。その身に宿った英霊は、マシュだからこそ力を貸したのだから。

腰に手を当て、薄らと涙の滲んだ瞳で見つめてくるマシュに向き直り、そんなことを賢しらに説く。こんな軽薄な言葉でも、心が軽くなってくれるのなら、と祈りながら。

「姉さんも、宝具が発動した時はそうでしたか?」
「私は、ほら、令呪のサポートあってのことだから…ほら、ね?」

尻をたたかれないと、なかなかやる気にならないところとか、私にぴったりのサーヴァントと宝具に違いない。そう思いながら、ミリアムは天を仰いだ。

夜空は遠く、手を伸ばせば届きそうなほどの星々。
皮肉にも、文明の光が絶えた今だからこそ、この地に満ちる遠い光。
燃え盛る町を離れればここが滅びに瀕しているだなんて信じられないほどに、澄んでいる。


かつてのミリアムは、生きる目的も未来への希望も全くなかった
けど、今は違う。

明日のこともわからない
一瞬先のことが見えない

不謹慎な話だが、それがとても楽しい
未知を、自分の足で切り開くことができる。
心躍る、とはこういうことなのか

ああ―――これが、生きるという事か


そして、この奇跡は彼が導いてくれたからだという事をミリアムは知っていた
非才で、無知で、無謀で―――底抜けのお人よし。

そんな普通の人が、あの炎の中、私の、私たちの声を、願いを聞いてくれた。
誰もが見向きもしなかった、できなかった中で、彼だけが私たちの声に耳を傾けてくれた。
言葉にすれば、それだけのこと。
だが、カルデアであんな人に出会えるなんて、それこそ聖杯レベルの奇跡だ。

だから、彼を護るためなら、きっと何でもできる。
この出会いに心からの、感謝を

元より、腐っていたのは、造られた用途に全く殉じることができなかったからだ。
今のミリアムは、求められた通りの力を示し、その力で誰かを護り未来を切り開くことができる
まるで、正義の味方だ。


この短い旅路の果てが見えてきた。
この夢はもうすぐ終わるだろう。

それでも、これ以上の幸福はない。
今は素直に、そう信じられた。


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