天球儀 | ナノ
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10

洞窟の前で待ち構えていた影をまとったアーチャーをキャスターに任せて、奥へと押し入る。

母体に回帰するような長く暗い洞穴。
岩に穿たれた通路は、むせ返るほどのマナに満ちている。
滅びに瀕している町とは真逆に、毒々しいほどの生命力に満ちた往路を行く。

大地の底に潜っているのに、反対に命の息吹に満ちているなんて皮肉だな、なんて感想すら抱く。

薄明りに茫々と照らされた暗い闇を抜けると、そこは地底の底であるとは思えないほど広大な空洞が広がっていた。

果てが見えないほどの天蓋。
無明を照らすのは、黒い太陽。
胎動にも似た蠢きが、大気を震わせる。

吐き気がするほど濃密な魔力を吐きながら、崖の上からそびえ立つ黒い柱。
あれこそが、この異変の元凶。
始まりの祭壇にして、終着点。

大聖杯、天の杯。
あらゆる願いをかなえる聖杯の名にふさわしく、禍々しい威容を放っているその前に、そのサーヴァントは立っていた。

最優のサーヴァント、セイバー
この時代に於いて、最も有名な聖剣の主。
騎士王・アーサー。

その鎧は黒く染まり、見下ろす瞳は凍てつく琥珀色。
色あせた髪をなびかせる騎士王は、堂々たる姿で、立夏らの前に立ちふさがった。







なぶるように、あるいは試すように黒い聖剣をふるってくる騎士王との戦いは困難を極めたが、サーヴァントを2騎を相手取ってはさすがの騎士王とて厳しかったのか―――あるいは、そもそも勝つ気が無かったのか。助太刀に現れたキャスターの助力もあって、彼女をかろうじて打ち倒し

―――異変は起こったのはそのすぐ後だった。


騎士王が憐れむような眼差しと不吉な予言を残して舞台を去ったのち。崖の上、空中に浮かぶ水晶体のその横に彼は現れた。

「いやぁ、まさか、君たちがここまでやるとはね。48番目のマスター候補。一般人で、特に役にも立たない子供だと思って善意で見逃してやった僕の失態だよ」

黒点の太陽を背に、崖の上からこちらを眺めおろしてくる男。
ひどく冷淡にこちらを睥睨するその姿には、誰もが見覚えがあった。

「レフ教授…?」

ミリアムは呆然と名を呼びながらも、激しい違和感を覚えた。
いつもと変わらぬその姿。その穏やかなほほえみ。
だからこそ、おかしい。
この全てが変質した地において、平凡な日常の続きのように立つ彼の姿こそが異常だった。

だが、追い詰められたオルガマリーは魔術師としての仮面を被ることも忘れて、子供のように彼に縋り付く。
必死に違和感から目をそむけながら、いつもと同じように彼が助けてくれると信じて。

「レフ! ああ、レフ! 生きていたのね! よかったわ! あなたがいないとわたし――」
「ああ、オルガ、良かった元気そうでなによりだね。君も大変だったようだね」
「ええ、そうなのよレフ! 予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだのよ。でも、貴方が、貴方さえいればどうになかるわよね!だっていつもあなたは私を助けてくれた。だからーーー」

黒い杯から漏れ出る逆光で、彼の表情はよく見えない。
だが、その嘲るような雰囲気だけは、たとえ見えなくても伝わってきた。
視界の端でオルガマリーを連れ戻そうと足を踏み出した立夏をマシュが押しとどめている。

「先輩、下がって。あの人は、危険です。アレは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません」

そんな立夏らの前で、

「でも、良かったじゃないか。死んだことで、あれほど切望した適性を得ることが出来たのだから」
「―ぇ」

抱いていた違和感の正体と、残酷な現実が明らかにされていく。オルガマリーの状態。彼の裏切り。人類に対する叛意。人類史どころか、人類がーーーもう滅びているという事実。

そのすべてを、見抜けなかったお前たちの自業自得だと嘲り笑いながら、彼は舞台俳優のような大仰な身振りで天を指す。
割れた空間から浮かび上がるは、真っ赤なカルデアス。
それが、指し示すのはーーー

「そう、あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」
「そん、なーーー何を…何なのコレ!いったい私のカルデアスに何をしたの!?」

怒りと動揺に震えるオルガマリーを、レフは腰に手を当て横柄な態度で塵芥を見るように鼻で嗤った。

「そうか、まだ理解できないか…いや、少しでも理解できていたのなら、こんなことにはならなかっただろうに。しかたがない」

なんの感情も込められていない無機質で残酷な言葉がこぼされる。
と同時に、カルデアへと引き寄せられるオルガマリーに、ミリアムが咄嗟に走り寄ろうとするも

「無駄だ」
「っ!」

その声で、雷に打たれたように、ミリアムの足が止まった。止めざるを得なかった。一歩でも動けば死ぬと、直感的に理解した。走りよればまだ間に合う距離なのに、あまりにも遠いその距離にただ絶望する。

「いい子だ。そこからは空間が断絶しているからね。踏み出せば切り刻まれるだけだ。その身に宿った治癒能力とて、首が落ちては意味がない。そこで大人しくしているがいい。君にはカーテンコールまで見てもらうという役目があるからね」
「ふざけた真似を…!」
「ふざけてなんかいないさ。君こそ、そんな偽りの忠誠心で動くものじゃない。見苦しいにもほどがある」

いっそ慈愛すら感じるほどに、優しげに。
レフはさも、ミリアムのことを思いやっているかのような言葉をかけてくる。

「ーーー私の心が偽りだと?よくもそんな欺瞞を語れたものね」
「さて、君の心の在り処は知らないがね。アニムスフィアに対する忠誠は君から生まれたものではない。それは、マリスビリーから与えられた作り物。君の姉に、次なるアニムスフィアに尽くさせるためだけ捧げられた、まがい物の感情だ。まったく、己の血を引いているというのに、このざまだ。いいかね、ミリアム。これは慈悲だ。もう最後なのだ。いい加減、そんなふざけたものから解き放たれて終わるがいい」

そう、ミリアムはホムンクルスと優秀な魔術師―――マリスビリーの種を混ぜて作られた。血統という点だけでいうのなら、オルガマリーの異父兄弟と言えるだろう。

だから、理不尽を覚えなかったとは言わない。
父を同じくするオルガマリーが、あんなにも輝かしいところに立っていて、自分は、使い捨ての礼装にしか過ぎないということに。

理不尽は覚えるのに、植えつけられた知識が感情的にオルガマリーを、魔術師を憎むことを抑止してくることに、何も感じなかったとは言わない。

あれだけ恵まれておきながらも、自分よりもマリスビリーとただ長く過ごしたというだけのミリアムに嫉妬してきた彼女に、何も思わなかったとは言えない。


ああ、でも

ええ、あなたには私をオルガマリー、と呼ぶことを許します
と、少女は言った

呼び捨て、なんておこがましい。
この身は、そんな尊いものとは異なるというのに
そう言って、あなたとは違うものだから別に良いのだ、と無関心に距離を取ろうとするミリアムに

この私が許すと言ったのです!いいわね!命令よ!
彼女は、そう言い放った。

たとえ、距離を縮めることで憎まれることになっても構わないと。
それが、自分にできる償いだと、虚勢を張って。

彼女は、この身を、既製品でしかない自分を己の身内だと受け入れてくれた。
彼女の身に余る重責と罪を背負わされながらも、逃げずに向き合ってくれた。
いつも正しくあろうとして、でもそれが正しいことなのかと怯えていた少女。

だから、忠誠心なんてものはないけれど

「待たせたね、マリー。何一つ為せなかった君にでもできる唯一のことだ。私からの慈悲だ。罪深いアニムスフィアの末裔よ。お前たちの愚行、お前たちの罪を、カルデアスに身をささげ、その身で償うがいい」


ああ、でも、もし叶うのなら

「姉さん―――!」

伸ばした手の先で、少女が解けていく。
唯一残された血族が窯にくべられていく。

耳障りな男の声が消える。
世界が正しい方向に収束しようと鳴動する。


―――こうして、ミリアムたちの旅は始まりを告げた。




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