天球儀 | ナノ
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―――少し前の話―――

私にとって、未来とはつかみどころのない雲みたいなものである。
あるいはシャボン玉。
ふわふわと流れてきて、形を変えて消え去って行く。

そんなものだから、明日いきなり終わっても、やっぱりそうなったのか、と納得できるくらいのもの。
元から持っていないものなのだ。
今更、失ったところで、喪失感なんて覚えるはずもない。

でも、そんな雲に形を与えて、守ることを目的とするロマンチストな人たちがいる。

人類の未来を語る資料館。
魔術だけでは見えず、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐ為の各国共同で成立された特務機関。

雪山に座すそれは、それはまるで墓標のよう
人理継続保障機関フィニス・カルデア

それが、私の故郷である





私は生まれてから今まで、自分の明日にだって思いを馳せたことがない人間である。
明日と言うのは、今日の延長線上にある変わり映えのしないもので、それから先と言うのは考えるだけ無駄な対象だ。まあ、簡単に言えば、明日のことは明日考えて、今が良ければそれでいい性格なのだ。

怠惰、と言うなかれ。
今自分がいる範囲で、それなりの幸福を見つけようとしている健気さを讃えてほしい。

自分のことですらこんなわけだから、他人のことにまで気を配れるはずもない。だから、未来を観測する、だなんて知ってはいても、完全に理解できていると言ったら間違っているだろう。

でもまあ、他人の願いを否定できるほど上等な人間ではないの、こうしてここにいるのだが。

だいたい、未来なんてものは、積み上げた結果の先に現れるただの解答だ。
趣味や娯楽として行うならまだしも、これだけのエネルギーを消費してまで、未来を観測・保障するだなんて、リソースの無駄使いにもほどがある。
方向性は間違ってはいないと思うが、根源を目指すなら、もう少し効率的な手段があったように思えてならない。

とまあ、こんなことをそのあたりの漏らそうものなら、もれなく所長の拳骨が飛んでくるから、口をつぐんでいるのですが。

自慢じゃないが、私は合理性を重んじると同時に、それなりにロマンチストなのである。
夢を追いかける人には、優しいのだ。



そういえば、もうそろそろ時間だろうか。

無心に叩いていたキーボードから手を放す。
少し熱を持った目をほぐして、大きく伸びをすると、体が軋んだ。

と、それを見計らったかのように、音を立てて開いた扉から白衣の男が入ってきた。
ほわほわした空気からは想像もつかないだろうが、このカルデアが誇る、ドクターロマン、その人である。

「おはよう、ミリアム。やあ、顔色は良さそうだね、体調はどうだい?」
「おはよ、ロマン。いつもと同じ、どうってことないわ。メンタル面で言うなら、退屈で死にそうってくらいね」
「ははは、それはよかった。なら暇つぶしの電子書籍を買ったらどうなんだい?」
「残念。私、本はタブレットじゃなくて紙で読みたい派なのよね」
「うーん。それは贅沢な趣味だなあ。うん、でも君にはいろいろ頑張ってもらっているからね、今度ドクター権限で真っ先に手に入れられるようにするということでどうだろう?」
「商談成立ね。それで我慢してあげましょう」

内容のない軽口を叩き合う。ロマンのカタチのいい指が、流れるように画面を滑り、私のバイタルをチェックしていく。
ルーチンワークだ。いつもと変わり映えのしない、数字が滝のように流れていく。

「先にマシュの所に行ってきたんでしょ?あの子の調子はどうなの?」
「うん、まずまず…かな。―――特別悪化もしてなければ、改善もしていない。現状維持さ」
「―――そう」
「君も今は落ち着いているとはいえ、油断しちゃいけない。君の身体だって―――」
「はいはい、わかってますって」

そう、私は通常の営みで生まれた命ではない。
英霊召喚の生きた媒体を目的として、生み出された存在だ。
とは言っても、完全なるホムンクルスでもないのだが。

そもそも、なぜ英霊召喚の触媒にデザイナーベビーが選ばれたのか。
なぜ、安価で使い捨てが容易いホムンクルスを用いなかったのか。

結論から言うと、ホムンクルスで代用したが、ことごとくが失敗した。
それが答えだ。身もふたもないことである。

誰よりも際立った人間が伝説に昇華した存在である英霊を宿すのだ。既製品(人形)で代用できるはずもないだろう。そこらを浮遊している亡霊とは違うのだ。彼らにだってプライドがあるだろう。

だからこそ、最新の科学と魔術の粋を尽くしたデザイナベビーだなんて、遠回りな戦法を選んだのだ。だけどまあ……諦めの悪い奴らと言うのはどこにでもいるらしい。後から聞くと、研究所内の派閥争いが絡んでたらしいらしい。デザイナーベビーかホムンクルスか。そんなわけで、どんな手段を使ったのか、彼らはドイツに拠点を置く錬金術の大家、その彼らの技術を流用した一手を打ったのだ。

優れた魔術回路を持つ人間、そして英霊召喚の触媒用に鋳造されたホムンクルスの母胎から生まれた存在。 人間でありホムンクルスである、錬金術の結晶。奇跡の集大成。

それがこの私、ミリアムの正体である。

確かに、ホムンクルスとして、ある程度の知識を生まれながらに有しているのなら、人間としての常識を教える手間も、魔術師としての心得を刷り込む時間も省ける。一から育てるよりも、よっぽど簡単で量産が可能だ。

そのもくろみは、半分は成功した。

生まれながらにして、精緻で膨大な魔術回路を持ち
魔術師としての深遠なる知識を有し
己の生まれた目的を、初めから認識して揺らがない知性
それでいながら、成長をする余地まで残した、完璧なる器

問題は――――なんというか、精神の方がポンコツに育ってしまったことだろう。


いや、一つだけ言い訳させてほしい。確かに生まれた時から知識はあった。うん、あった。でも、生まれた時から完全である代わりに成長がないホムンクルスとは違って、私は肉体も精神も成長するのだ。

そして―――成長と言うのは、良い方向に向かうとは限らない。

だいたい、物心ついてから来たるべき時まで、壊れないように特別に扱いすぎたのだ。箱入りならず、硝子の棺入りレベルだ。お姫様扱いにも限度がある。具体的に言えば、同じものだと思ってまっとうに語りかけてすら来なかった。いくら完璧に作られたって、メンテナンスを怠れば不具合だって起こすだろうに。

私の振る舞いは一見、完璧な召喚媒体に見えただろう。そう見せる知識は腐るほどあったわけだし。
こんなわけで、長年かけて外見だけを取り繕う術を身に着けた結果が―――事なかれ主義の怠け者。

普段は力は7割くらいにセーブしておいて、いざと言う時は全力を振り絞……っているように見せて9割くらい。我ながら駄目にも程がある。でもこの精神性はきわめて平均的なものだと思うのだ。

「カルデアスの演算式の調整は終わったわ。証明は完了。これならタイムシフトしても問題なく意味観測をできるはずよ。詳しくはダヴィンチちゃんに聞いてね」
「ああ、ありがとう。これなら所長も喜ぶに違いない」
「これでオルガマリーもちょっとは落ち着いてくれるといいんだけど」

彼らが私の本心を知ったら憤死したに違いない。魔術師と言うのは、自分の全力を出し切るためにあらゆる燃料を投じて、エンジンを回し続ける生き物なのだから。

でも―――なぜ、こんなわかりきったコトのために、全力を出さなくてはいけないのだろう。
自分の性能はわかっているし、努力したところで得られるものなんて、あってないようなもの。

なら、省エネモードで日々を楽しく、気楽に暮らすのが、賢い選択と言うものだろう。

「結果はまだ所長には伝えてないのかい?」
「メールで概要は伝えたけど、詳しくはまだね。ちょうどいいわ、ロマンから伝えといて」
「その、こんなことをいうのはあれなんだけど」
「お断りします。大体、オルガマリーは私のこと嫌ってるじゃない。ただでさえ精神が張りつめているんだから、こんな時に私から話しかけられたら、また追加でメンタルケアが必要になるわよ」
「う〜ん、嫌ってる…わけじゃないいんだけどね」

まあ、怠惰の報いは直ぐにやってきたのですが。
英霊召喚儀式を行う数年前、英霊召喚には器と英霊自身の類似性が関係する、ということがわかったのである。

善なる英霊には善なる魂を。悪しき英霊には歪んだ魂の持ち主が求められる、ということらしい。

もちろん、彼らが求めていたのは人類を護るに相応しい善良かつ従順な英霊である。とった手段がどうであれ、彼らは人類を護るために今まで業を重ねてきたのだから、反骨精神あふれる英霊にやってこられたら、たまったものではない。

これは困った。とても困った。だって、私は自分が善良であるなんて、これっぽっちも信じていなかったからだ。今更、キャラを変えろとか…無理に決まっているでしょう。

いや、本当にあの時は焦った。彼らもいかにも魔術師然とした私が、善良であるとは思ってなかったらしく、栄えある実験対象のトップバッターをマシュに変更することになったのだが、今となってはいい思い出である。

「まあ、報告は僕から行っておくよ。他に、何か必要−−−ほら、欲しいものとかないのかい?」
「んー、特にないわね。今の仕事は結構楽しいし、ご飯は美味しいし。マシュは可愛いし」

その後、いくつかの失敗を重ねはしたものの、英霊召喚は失敗ではあるが、投資に見合う結果は出せた…と言えるかもしれない。不屈の精神のたまものだ。その根性には脱帽する。

いずれにせよ、その時点で私の未来は定まったのだが。

「君は本当に無欲だなあ。まあ、僕にできることがあるなら、何でも言ってくれよ。出来る範囲のコトならなんとかするように所長に掛け合ってみるからさ」
「ありがと、ロマン。気持ちだけ受け取っとくわね」

生まれた時から、出来る事、出来ないことは覆しようのないほど、明確に定まっている
望んでも叶う事、叶わない事
幸か不幸か、それを理解して諦めるだけの知識は与えられているのだ。

カタログギフトを眺めるようなものだ
そこにのっていないギフトは、望む権利すらない。
それを、人間は様々な経験をしたうえで見極めるのだろうが、私は最初から知っている
ただ、それだけなのだ。

私にできるのは、変える事のできない未来をただ観測するだけ。
未来に期待はないし、星にかける願いもないし、夢もない

変わり映えのない毎日
決まりきった未来
なんて退屈な日々

ああ全く、どうして彼らは私を完璧な魔術師(ヒトデナシ)に育て上げてくれなかったのか――――



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