天球儀 | ナノ

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side:藤丸立夏

藤丸立夏は自他ともに認める、一般人である。

そんな普通を形にしたような彼が、ここ人類を守る?なんて怪しげなお題目を掲げるカルデアにやってきたのは、山よりも高く海よりも深いわけがある…わけではない。アルバイトを探していて、たまたま目に入った広告に応募した結果、流されるがままにたどり着いた、というのが正直な事情である。ファンタジーにもほどがあるが、それが、選ばれた人にしか見ることのできない術式で編まれていたというのを知った時には、もう断ることができないほど話が進んでいた。

早くもカルデアの扉という洗礼を受けた挙句、アフターケアなしに廊下で放置されていた立夏が、ふと目を覚ますと、どこか色彩を欠いた印象の少女がこちらを覗き込んでいた。

立夏はくらくらする頭を振って、ふらつきながらも立ち上がり、謎の小動物を方に乗せている少女へと向き直る。

その硝子細工で出来た人形のような少女は、マシュと名乗った。

メガネ越しの澄んだ瞳が印象的で、髪を品よく肩で切りそろえた彼女は、生真面目に摩訶不思議な返答を返してくる……不思議ガールだった。だが、こちらをからかっているのではなく、どこまでも真摯に、そして誠実に語っているのだ。立夏に全力で向き合っているのである。

しかしリスやワニを例えに出してくるなんて、よほど動物が好きなのだろうか。本当に面白い子である。

「……シュ―――マシュ?どこにいるのー?」
「あ……姉さん、こっちです!」

無機質な通路に、甘やかに響く声。
少女の返答に答えるように、廊下の向こうから姿を見せたのは


―――目を見張るほど、白い女だった。


いや、白いのは、肌と服くらいで、特に白が目立つわけではない。だがなぜだろうか、抜けるように白く滑らかな肌とほっそりとした手足が、どこか優美に首をもたげる白百合を思い起こさせる女だった。

少し赤みがかった艶めく金の髪は幾筋かの細やかな三つ編みで飾られ、花弁の様な唇は淡く色づいている。頬に影を落とす長い睫に彩られた紫色の瞳は深くきらめいて、こちらを射抜くように見つめてきている。

藤丸立夏がここカルデアに来て、初めてであったのは
雪のように無垢な少女と、白百合のように華麗な少女だった。

「ここに居たのね、探したんだから」

優しげな眼差しで、マシュを見つめる女。
それだけで、彼女がどれほどマシュのことを大切に思っているのか、初めて彼女に出会った立夏にも伝わってくるほどだった。
向かい合うその姿は全く似ていないのに、こうやって見ていると不思議と纏う空気が似ているようにも感じられる。

「所長が呼んでたから来たんだけど。…誰なの、彼?」
「先輩です。床に寝そべっていたので、声をかけてみました。今フォウさんの紹介をしていたところです」
「床?ここで?……うん、そうね、自己紹介は大事だものね。で、あなたはどこのどなたかしら?不審者さん?」

女はマシュのどこかずれた回答に慣れたように相槌を打ちながら、不審者を見るような瞳で、まじまじと立夏を見つめてきた。

「は、はじめまして。その、俺は、怪しいものじゃ」
「ふぅん。でも、自分からそんなことを言うって、かえって怪しくない?」
「えっ!?いや。その」
「うそうそ、ごめんね。あなたみたいに人畜無害な人ってはじめてだったから、ちょっとからかってみたくて」

無実の罪を着せられかけて、思わず反射的に言い訳する立夏。そんな彼を吸い込まれてしまいそうな大きな眼で見つめながら、からりと表情を変えて悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて彼女は言った。

「ひ、酷いな!」
「ごめんなさいね、えーっと…F、FU…藤丸立夏。ああ、あなたがあの48人目の適任者だったのね。―――こほん。ようこそカルデアへ、立夏。改めまして、私はミリアム・キリエライト。マシュの姉みたいなもので、ここカルデアの研究員をしているわ。これでもベテランなの。わからないことがあったら、何でも聞いてね」

そういって、彼女は百合がほこぶようにふわりと微笑んだ。


―――これが、長い旅を歩むことになる、彼女たちとの始まりだった。



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