Σ-シグマ-2 | ナノ
風の子吹き抜けた


『よしよし並べちびっこ共ーっ、お手伝いしてくれた良い子にはアイスを買ってあげよう』

「「「わーっ!!!」」」

「毎回あいすでよく飽きないよね、ちびたち」

『じゃあ佐助くんはいらない?』

「別に………いる」

『あはー、素直じゃないなぁ思春期忍者は』

「う、うるさいっ!!」





今日は元気トリオと佐助くんを連れて買い物。数日分の食料とおやつ、そしてお手伝いのご褒美アイスを抱えて店を出る

アイスが楽しみでワクワクと目を輝かせる子どもたちも、なんだかんだ食べたい佐助くんも、それはいつもの光景だった


楽しみだねと並んで歩く帰り道で、ふと、とあるコンビニを横切るまでは






『あ……』

「ナキどの、ここ…」

『このコンビニ…後藤くんと、えっと…えーっと…』

「黒田どの?」

『そうそれ!後藤くんと黒田くんに会ったコンビニだね』




立ち止まった私が見つめたのはつい先日、高校時代の知り合いだという男二人と出会ったコンビニだ

自称後輩な後藤くんと、自称同級生な黒田くん。彼らは私を知っていたようだけど、私は彼らを思い出せない




『結局、あのまま別れちゃったし。連絡先知らないからもう会うこともないのかな』

「さぁ、近所ならまた顔合わすんじゃない?ただ話を聞く限りあんまり関わらない方がいいと思うけど」

『あはー、確かに後藤くんは典型的なヤンキー舎弟くんだったなぁ。次に会うまで覚えてる自信ないけど』

「…なぁ、ナキは友達を忘れちまうのか?」

『へ?』

「そうなのか?それ…さびしくはないか?」

「…おう」

『あはっ…優しいね竹千代くん、梵。大丈夫、大事な友達のことは絶対に忘れないよ』




卑屈だった高校時代を覆い隠す黒いモヤ。その中で唯一鮮明に思い出せるのは、親友二人の姿だけだった


私が一番嫌いだった私。思い出したくないくせにそれを消しされないのは、彼らと過ごした一瞬の青春を大切にしたいから




ふわっ





『っ!!!!?』

「ナキさん?」

『…ごめん佐助くん、ちびたち連れてそこの公園で待ってて。アイス食べてていいからっ』

「はあっ!?ちょ、待ってよなんでっ…おいナキさんっ!!?」

「ナキどのーっ!!」




子どもたちと荷物を佐助くんに預け、私は信号が点滅する横断歩道を駆け抜けた

コンビニと道路を挟んだ向かい側。そこを歩く人たちの中に見えた懐かしい赤を追う。思い出す機会は減ったけど、絶対に忘れないあの背中




『っ…おかしいな、どうしてっ…!』





どうして私は今、その背中を追っているんだろう

昔から早歩きだった彼を探しながらぼんやりそんなことを考える。懐かしい人ではある、だが私は他人を追うような性格だったろうか?


歩く人を掻き分けながらもその理由がよく分からない。何故か追わなきゃいけない気がするだけ





『っ…ああもうっ…なんで私が子どもたち放置で走らなきゃいけないのっ』




ようやく足を止めた時、私は半分八つ当たりで誰もいない道の先を睨んでいた

数年ぶりに見たとはいえご近所さんなんだし。今、ここで無理に探す必要はないと冷静になれば…途端に疲れがくる




『はぁ…戻ろう。意味もなく走り出したって知ったら佐助くん怒るかな』




俯き気味に来た道を引き返そうとしたその時、私の視界の隅に黒い靴を履いた足が入ってきた。その下にはタバコの吸い殻が散乱

視界にそんなのが入ってくれば気になるわけで。迷わず顔を上げていく、もしかして後藤く…





「ぁあ?」

『じゃなかった。舎弟系ヤンキーじゃなかった』





目が合ったのはイライラとタバコをふかす、いかにもガラの悪いお兄さんだった


皆が皆、目を合わせないように駆け足になるタイプの人。そんな人とバッチリ見つめ合ってるから大変だ


ああ、ダメだ、これは早く失礼しないと経験的に危な…





「ぁあ?見てんじゃねぇぞ、泣かすぞババァ」

『ぶはっ!!なんて典型的な小物の台詞っ』

「・・・・・・」

『…………あ゛』





あ゛…出た最悪な癖。私の感じた危機とはまさに口は災いの元だ

思いついた言葉をすぐ口に出してしまう私。それは昔からの癖であって、さらに相手を煽るようなやつだから厄介だ


今も目の前のヤンキーくんが私の言葉に固まり…みるみる顔を真っ赤にさせていく。ああ、やばい




「このクソ女…!」

『ちょ、さすがにやばいな逃げっ…!』




…ようとした私の足が一瞬迷う。駆け出す先は戻ろうとしていた道。その先には私の帰りを待つちびたちと佐助くんがいる

果たしてそこにこのヤンキーくんを連れて行っていいのか。否、ダメだ。絶対に


だから…!





『っ、……!』

「待てっ!!」




絡んでくるヤンキーくんを背後に、私は子どもたちの待つ公園と反対側へ走った

子どもたちを巻き込みたくない。そしてもう一つ…佐助くんは幼いけど、本物の忍者だ


子どもたちが…私が窮地に陥った時、あの子がこの男をどうするかなんて想像したくなかった











『っ、て、うわっ!!』

「行き止まりだバァカッ!!!」

『げっ…!バカでも見て分かるよそんなことっ』




どれほど走ったか土地勘がまったくなくなった頃、私は狭い路地裏…行き止まりに追い詰められた

埃や鉄の臭いがする薄暗い場所。振り向けば怒りで目を血走らせた男が私を睨んでいる。強く握られた拳が彼の次の行動を宣言していた




「クソババア、女だからって容赦しねぇぞ…!」

『ほんと、さっきから小物の台詞をコンプリートしていってるよね』

「〜〜っ!!!」

『っ………!』




今更謝っても許してはくれないだろう。だからといって更に煽る私は賢くない

ほんと昔からこの性分で損をしてきた。それでも今まで無事だったのは、織田貿易はそんな性分を受け入れてくれる器の大きな会社だったから


そして高校時代には…






「っ!!!!!」

『っ………!!』






そんな私を助けてくれる、優しい親友がいたからだ





「ぎゃあっ!!!!」

『っ!!!!?』

「………………」

『え………』




振り上げられた拳にギュッと目を瞑れば、次に感じたのは鈍い痛みではなかった

ガッシャンという盛大な音と野太い悲鳴。それにハッと目を開ければ、路地裏のゴミ山に倒れたヤンキーくんの姿


そして目の前には真っ黒がいた

黒のジャケットに黒のズボン。シャツまで真っ黒な彼だけど、その分ネクタイと…髪の真っ赤がよく映える

振り向いた彼の顔に安堵と懐かしさ。同時に記憶の中のモヤが晴れ、目の前と同じ赤が蘇った






『…ひ、久しぶり…風魔くん』

「………………」

『あと、ありがとう』

「………………」

『むっ……』




次の瞬間、私の下唇をつんっと指先で押した彼

意味が解らず見上げればまたつんつん。その表情は昔と同じで全く動かないけれど




『…口は災いの元って言いたいの?相変わらず口が悪いって』

「……………」

『究極無口な君に言われたくないけど…うん、ごめん。気をつける』

「……………」

『…あはー、変わらないね風魔くんは』




彼はついさっき私が追いかけていた背中。そして高校時代の親友である風魔くんだった

卒業後就職した私と進学した彼。卒業式以来会うことはなかったけど、そうか、大学を出たのか




『でもよく解ったね、私のピンチ。そして颯爽と駆けつける』

「……………」

『当たり前じゃねぇか相棒!みたいに指立てないでよ、変わらず君の電波っぷりは圧巻だね』

「………………」

『いや、褒めてないから。照れるとこじゃないから』

「う゛ぅ…」

『げっ』




忘れかけた頃にうめき出すヤンキーくん。私の勘違いじゃなければ風魔くんは、このヤンキーくんに華麗な跳び蹴りをお見舞いした

これは居座ると後々厄介なことになるだろう。あの早技なら風魔くんの顔は見られてないはず




『に、逃げよっか風魔くん!正当防衛や不可抗力はちょっと通用しないレベルで…っぅっ!!』

「………………」

『あ…やばい、足切ってる。ここ来る途中にビンか何か踏んだかな…』




痛みで気づいたけれど、私の右足にズバッと切り傷のようなものが入っていた

血もそこそこ流れこれはまずい。深くはないにしろしばらく痛むだろう…実際、今も痛い




『後で洗わなきゃ…風魔くん、重ね重ね申し訳ないけど裏路地出るまで手を貸し…』

「……………」

『え、いや借りたいのは手であって逞しい腕とかじゃな…ぎゃあっ!!?』




そして当然のように私をお姫様抱っこした風魔くんが、何事もなかったようにこの場を去ろうとする

いやいや、待って、助けてもらっといてアレだけど落ち着いてくれ




『あ、あの…風魔くん…』

「……………」

『……あっち、お願いします』




私の抵抗は数秒で終わり、大人しく子どもたちが待つ公園の方を指差した

これも経験がゆえ。風魔くんはこれでいて…私たちの中で一番頑固者だったんだ





20150316.
前編


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