嵐の前の凪
『………………』
見上げた夜空に星が見えた
「あー…くそ、ちょっと、いやかなり、家康に良いとこやり過ぎたかなー」
『左近くんも格好良かったよ』
「そうか?まあ結がそう言ってくれるなら俺も気張ったかいが…って、結っ!!?」
『夕飯、ちょっと遅めだけど準備できたから呼びにきたの』
「そっか悪いなーってっ!!いやここ屋根の上だからっ!!危ないからっ!!?」
もう夕飯時を過ぎた夜。喫茶店の屋根の上で空を見上げる左近くんに会いに来た
突然現れた私に驚いた彼は慌てて降りるように促す。大丈夫だよ、昔はよく勝家くんたちと登ってたから
「いやいや、つかどうやってここまで来たんだ?」
『通りがかった秀吉様に持ち上げてもらったの』
「秀吉様っ!!?ちょ、え、まさか下で秀吉様が待機してるとか…!」
『中に戻ったよ。降りる時は左近くんに手伝ってもらえ、て』
「そ、そっか…あー、なんか秀吉様に弱み握られた気分」
『ふふっ、』
「ははっ…あ、えっと…家康とはもういいのか?」
『…うん、見えなかった分。聞こえなかった分。埋めるくらいたくさん話せたよ』
「そっか」
『ありがとう左近くん。左近くんのおかげで、私はまた家康くんと会えたんだもん』
私と家康くんのために風を吹かせてくれたのは左近くんだった
誰かを頼ってみるといい…そう京極さんと毛利さんがアドバイスをくれた時、真っ先に思い浮かんだのは左近くんの顔
彼はいつも私や周りの人たちを思って動いてくれた。勝家くんと元通りになれたのも、今回家康くんと仲直りできたのも
『左近くんのおかげ。だから、ありがとう』
「へへっ、そう改めて言われるのも照れるな!けど礼には及ばねーよっ」
『ううん、言わせて…私、左近くんとも会えて良かった』
「っ…………」
『あの時、左近くんの手を取ったのは間違いじゃなかった。ありがとう左近くんっ』
「結…」
空に浮かぶ星は、時に迷った人の道標になるという。左近くんはまさに私たちのお星様だ
キラキラ眩しくて、綺麗で、みんなが憧れる存在。そんな彼だからきっと、勝家くんや家康くんも動かされた
「…結こそ、みんなの輪の中心にいるんだ」
『え?』
「なあ、結。これから先いつになるか分からねーけど俺らが帰る時、一緒に来ないか?」
『っ!!!!?』
「一緒に、過去へ。そりゃこっちみたいに便利なカラクリは無いけどさ!向こうでも茶屋で看板娘になれるって!」
『……………』
「豊臣のみんなも歓迎する!な?少しぐらい、考えてくれないか…」
『左近くん…』
じっと私を見つめ問いかけてくる左近くん。豊臣のみんなと一緒に、戦国時代へ
確かに最近、半兵衛さんを中心に帰る方法探しにも力を入れるようになってきた。お別れの時は近い…かもしれない
その時、私は…
『…ごめんなさい』
「……………」
『ありがとう、でも私、そっちには行けない』
「…ますたぁが、いるから?」
『うん…やっぱり、マスターの側から離れられないよ』
私の返事は存外すぐに決まった。戦国時代には行けない、マスターがここに居る限り
ある程度返事は予想していたのか、やっぱりかーと空を仰ぐ左近くん。ごめんなさい、すごく魅力的なお誘いだと思う
「いやいや、そうだよなー俺だって三成様と離れて残れ、て言われても無理だもん」
『うん、一緒。私は、マスターといたいから』
「ぐぐっ…や、やっぱり悔しいな!分かってても!結は本当にますたぁが大好きだよなっ!!」
『大好き…』
「っ……結?」
『うん…うん…?』
膝を抱えて座り直した私を見て、左近くんもすっと背筋を伸ばした
マスターは私たちの恩人。もちろん尊敬できる大切な人だ、でも、何かが引っかかる
『マスターが…一緒にこの店に、【運命の輪】にいようって言ったから』
「ん?」
『よく分からないけど…マスターの言うことは聞かなきゃ、て、思うの』
マスターの言う通りにしなきゃ。それは出会った時から、まだ子どもだった頃からそう強く思っている
それは私たちが離れ離れになった誘拐事件よりも以前。もっと以前…もっと?もっととはいつ?
「結、大丈夫か?」
『あ…ご、ごめんなさい、ぼーっと考え込んでた』
「いや、俺が変なこと聞いちまったからだな!ごめん、忘れて…欲しくねぇや」
『……………』
「へへっ…いざお別れってなった時、もう一度聞くからさ。くどいけど返事聞かせてくれよ、な!」
『…うん、また考えてみる』
「…ああ。よし!じゃあ戻るか、あーそういや夕飯まだだっ!!腹減ったーっ!!」
『ふふっ、うん!』
マスターが行って良いよと言えば、私は彼らと共に行くのだろうか
20160727.
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