運命の輪 | ナノ

  すぐ隣の恋だった


「…………わ……」

「………………」

「………わ、し…」

「………………」

「徳川氏っ」

「っ!!!!?」

「どうした、何度も声をかけたが反応がなかった…体調がすぐれないか?」

「い、いや、なんでもないよ勝家…殿、は、ははっ」




覗き込んでくる勝家殿から、そっと顔をそむけた

いつもの銭湯の掃除を手伝いながら、心は先日の、宴のことばかり思い返している。また床を磨き始めた彼を盗み見た





勝家くんが、好きだったんだよ



結からそう聞いた時、頭が真っ白になった

ああ、ワシはこの男には勝てない











「か、勝家…殿…か…」

『うん、あ、でももうふられちゃったの』

「ふられた…」

『家康くんに会う少し前…マスターが出て行く直前に、我慢できなくて好きですって言っちゃった』

「……………」




あの日の夜、蔵の屋根でぽつりぽつりと話してくれた結

酔いに任せて、溜め込んでいた思いを…ワシに吐き出してくれた




『勝家くんが遠くの大学に行っちゃう…離れて行っちゃう…そう、思ったら…』

「っ…そ、そうか…」

『言うつもりなんかなかったのに…だって私たちは従兄弟で、ずっと一緒に暮らしてきた家族で、私の方がお姉さんで、それでっ…』

「………………」

『…勝家くんには、好きな人がいる』




分かってたのになぁと笑う結は、いつから勝家が好きだったのだろう?

いつからその思いに気づいて、耐えて、そして我慢できなくなったのか…その問いはもうできない




『ふられた時にはすっきりしたの。ああ、もう、我慢しなくていいんだ。楽になったんだって』

「っ…楽に、なんて…結と勝家、殿は共に暮らしてっ…!」

『うん、次の日の勝家くんもいつもと変わらなかった』

「っ………!」

『ほんとに、何事も無かったみたいに…勝家くんは変わらなかった…私の気持ちは、はじめからなかったみたいに』




だから、家を出ることを決めた

マスターのいない店を守るため。もうこれ以上、彼と深く関わらないため




『無かったことにされたのがつらいとか、自分勝手だよね、結局…全部私が、壊したのに』

「結…?」

『…政宗くんも、お市ちゃんも…勝家くんも…』





バラバラになったのは、私が…










「おーい勝家!これ、結ちゃんのじゃね?」

「っ………!」

「なんだと…確かに結のハンカチに似ている、どこにあったんだ左近?」

「んー、あの脱衣場?落ちてた」

「…何故、女湯の脱衣場にお前がいた」

「ぎくっ!!!?」

「……………」




ビュンッと勝家殿が持つほうきが空を切るっ!!

それを寸で避けながら誤解だと叫ぶのは…共に掃除の手伝いをしていた左近だ


…女湯の方へは行くなと再三言われていたのに




「いや、掃除だからっ!!掃除だからまじでっ!!人もいなかったしっ!!」

「当然だ、もし営業中ならば井伊氏へすぐさま突き出していた」

「それ処刑宣告っしょっ!!?」

「…結には黙っていてやる。こちらへハンカチを渡せ」

「ええっ!!?いやいや俺は店まで帰るし、ついでに渡すって!」

「お前の欲にまみれた手で返されるハンカチなど、結は望まない」

「酷いっ!!!」

「は、はは…」




渡せと手を伸ばす勝家殿をひょいひょいと避けながら、左近は嫌だ嫌だと駄々をこねる…まるで子供の喧嘩だ

掃き掃除をしながら苦笑するワシに勝家殿がふと気づく。そしてため息をつけば、その布を指差し告げた




「…分かった、ならばせめて徳川氏に渡せ」

「え…」

「ええっ!!?いやいや何が分かったなんだよ!家康こそ結ちゃんに下心だらだらじゃねぇか!」

「だ、だらだら…」

「確かに下心はある、だが左近の下賤な目に比べれば純愛だ」

「まじで勝家、俺の何が気に入らないんだよ…」

「い、いや、ワシは…その…」

「…貴方ならば、結の新しいより所になれると思う」

「っ…………」

「私やマスターでない、他の支えが結には足りない…あれは脆い、きっと、私以上に…」




そう、こちらを見つめながら話す勝家殿。その目からワシは…また顔をそむけてしまった

ああ、そうか。以前からの彼の言葉が、その意味が今なら分かる。彼はなにも結の気持ちを、無いものにした訳じゃない


彼もまた、自分のせいで結が独りになったと思っている




「えー…家康じゃなくても俺とか三成様とか、竜王さんだっているじゃん」

「っ………!」

「石田氏か…彼は気性が荒すぎる、伊達氏は論外だ」

「うわ、辛辣。じゃあじゃあ勝家は?他人に頼らず自分で結ちゃんを守ってやりゃあいいだろ」

「…私にはできない」

「なんで?」

「私は……結に近すぎた」

「近い?」

「っ、それだから勝家がっ…!」

「っ………!」

「あ……」




ハッと勝家の、左近の視線がワシへと向けられる。思わず大声で…そして“あちら”の彼と同じ呼び方で叫んでしまった

目を丸くする彼に、今度は小さくすまないと謝る。その意味に彼は気づいたのか…気づかなかったのか




「…いや、それで構わない。私のことなど呼びやすいように呼べばいい」

「あ、いや…!」

「ええー、なんか仲良くなった感じでズルくね?ほらほら俺はもっと砕けて呼んでいいぜ!左近ちゃんっとか!」

「黙れ」

「もー照れ屋なんだから、勝家ちゃんっ」

「・・・・・・」

「うおっ!!?待った!危ないっ!!危ないからほうきを振り回すなよ!」

「……………」




やはりまた勝家から逃げる左近。へらへらと笑いながらも…確かに、さっき、一瞬だけ





「っ……いや、まさかな」





一瞬の冷めた目が、酷く恐ろしく、瞼に焼き付いている


そして近すぎたなんて、ワシにはうらやましい言葉だ





20150202.
関係が複雑になりすぎた

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