運命の輪 | ナノ

  友達以上家族未満


「…………(キュイーン)」

「ん?どうした忠勝…このような宴を開いて頂き恐悦至極だって?ははっそうかしこまらず結の厚意に甘えればいいさ、なぁ官兵衛?」

「おい、今の音にそんな複雑な意味が込められてたのかっ!!?」




柴田屋の奥にある大きな蔵。そこに豊臣…そして結が集まり、今日は身内だけの宴会を開いている

店の開店の際、参加できなかった忠勝…そして刑部のための宴だ




「ん?どうした三成、表情がやけに暗いな」

「っ、家康……なんでもない」

「いや、いつもの三成らしくないぞ。何かあったか?」

「黙れ、何もないと言っている」




杯を交わす秀吉殿や半兵衛殿、そこに加わらず一人飲む三成はどこか様子がおかしかった

何かあったかと問うが答えない。代わりに誤魔化すように、酒の入った瓶を向けてくる




「…貴様も飲め」

「あ、いや、こちらの世ではワシはまだ酒を飲んではならんそうだ。だから茶を…」

「左近は気にせず飲んでいる。それとも何か、狐の酌でしか飲めないのか?」

「えっ!!?い、いやそのようなことは断じてっ…!」

「諦めろ、狐は今、刑部の相手をしている」

「っ………」




三成の視線の先、ワシもそちらを向けば…杯を片手に話し込む、結と刑部が見えた

刑部の身振り手振りを見て、口元に手を当て笑う結。そうだな、この宴は、刑部も主賓だ




「はは、刑部もやっと結と話してくれるようになったか…店では皆と、仲良くできているか?」

「…ああ、貴様が心配することは何もない」

「そうか…それはよかった」

「よかった?ならば何故、そのような顔をする」

「っ……よ、よかったんだ!…これで、いいんだ」




三成の怪訝な表情にさっと目をそらす。ワシが柴田屋へ身を置くにあたり、最も心配だったのは結と皆が仲良くできるのか

最初こそいつも泣かされていたが今は違う。ああやって、楽しそうに話せているんだ


そう、解っているはずなのに…




「…やはり貴様は厄介だな」

「っ……ワシも、厄介だと自覚している」

「そうか…」

「ヒヒッ男二人、そう暗い顔で飲んでも不味かろうに」

「っ!!!!?」

「刑部、もういいのか?」




いつの間にかふわりとワシらの前に来ていた刑部

三成のもういいのか、は結と過ごす時間のことだろう。それに気づいた彼はチラリとワシを見て、乾いた笑いをこぼした




「ヒヒッ…ああ、まあな。やはり御狐殿は酒に強い、これはよい飲み仲間ができた」

「ほどほどにしてくれよ、刑部…ところで、結はどうした?」

「御狐殿ならば蔵の外よ。風に当たりたいと言うて別れた」

「そう、か…」

「追わぬのか?今ならば邪魔立てする者はおらぬ、ぬしが行かぬなら左近か後藤にも今の話を…」

「っ!!?あ、いや、ちょ、ちょっと様子を見てくるっ!!!」

「ヒーヒヒヒッ!!!」

「…刑部、家康と狐で遊ぶな」











「結っ」

『…家康くん?どうしたの?』

「あ、いや、結が外にいると聞いて…空を見ていたのか?」

『うん、今日は満月みたい』




蔵のすぐ近くで空を見上げていた結。ああ、確かに綺麗な満月だな

一心に月を見つめる結の横顔を眺めながら、やはりワシは…と厄介な感情を再確認する。その最中、ふいに彼女がワシへと視線を向けてきた




『家康くん、』

「ん?」

『屋根、登ろうか』

「……………うん?」




そう呟いた瞬間。蔵の側にあった箱へと足をかけ、屋根へよじ登ろうとする結…って、おいおいっ!!




「ま、待て結っ!!!」

『え?』

「〜〜っ、はぁ…」




彼女を箱から降ろし、自分の両手をその肩に置いてため息をついた





「結……酔ってるだろう?」

『ふふっ……うん、』

「はぁ…刑部め、強いと言っても女子なんだぞ…仕方ない、結、少し我慢してくれっ」

『え……きゃっ!!?』




いつにも増してふわふわとした結を抱きかかえ、先程の箱を踏み台にワシは屋根の上へと登る

そして少しだけ月に近づいたそこへ結を降ろせば満面の笑みで、すごいねーっとパチパチ手を叩いてもらった




「は、はは…いつもの結と少し違って調子が狂うな」

『そう?ごめんね、酔っ払いで』

「いや、いいさ。結の違う一面も見れ…」




…………違う?





「いや…これが…」




以前、勝家殿から聞いた昔話を思い出す。幼い頃の結は少しやんちゃで、よく笑い、皆の先頭に立っていた

それを彼は“変わってしまった”と言った。酒のせいとはいえ今の結が…かつての結に、近いのではないだろうか




『家康くん?』

「あ、いや…どんな結でも、やはり、笑ってくれると安心する…」

『そう?ふふっ…じゃあ私も、家康くんがいてくれたら安心する』

「なっ…!そ、そういうことは易々と男に言わないでくれ、か、勘違いっ…する…から…」




屋根の上に並んで座り、宴の声を遠くに聞く。空からは月明かり、そして目前には街の光が広がっていた

その光の中でワシは…今ならば、あの話を聞けるんじゃないか。そう思い、不思議そうな顔の結を見つめた


ずっとずっと、心の中で引っ掛かっている棘





「っ……結は帝…いや、ますたぁが、好き、なのか?」

『え……』




結にはな…惚れた男がいるんだよ


いつかの元親の言葉。結が想いを告げず、その恋を諦めた人物

聞けば結は周囲の反対を押し切り、今の店で働き始めたらしい。その頃からずっと、ますたぁのために…だから、きっと




「ますたぁとはあまり話せなかったが…華やかな人だ!それに結の恩人で、優しくて、頼もしい…そう、なるとっ…」




端からワシに、勝ち目などなかった。それが今の厄介な感情に拍車をかけている

今でも結が彼を好きで、ますたぁも結をそう見ているのなら諦めもつく。はっきりと想いを告げず逃げるのは卑怯だ、だが…!




「ま、ますたぁも結を大事に思っている!年の差はそう関係ないだろう、だから、諦める必要なんかっ…!」

『あの、家康くんそれ…長曾我部さんから聞いたの?』

「っ………!」

『やっぱり長曾我部さん、そう思ってたんだ…あのね、私、マスターのこと大好きだけど…そういう好きじゃ、ないの』

「…………へ?」




そらしていた視線をはっと戻せば、少しだけ赤らんだ顔でへにゃりと笑う結がいる

小さく首を横に振り、また、違うよ、と呟いた




『マスターは恩人で…頼れるお父さんみたいな人で、大好き。あの人のために私は、頑張れる』

「結…」

『でも、男の人を好きだとか、そんな感情じゃないよ。ふふっ…』

「は、はは…」





元親っ…!

恐らくは自宅で晩酌をしている友へ、多少の恨み言を吐く。いや、ワシの早とちりもあるがっ…!

…そうだよくよく考えれば、その方が納得できる。膝を抱えうつむくワシの頭を、結がよしよしと撫でてくれた…虚しい




…………あれ?





「では…」

『ん?』

「結は…誰が、好きなんだ?」





帝のことは元親の憶測だった。だが、結に好きな人がいたことに変わりはない

想いを告げない相手がいると、そう言ったのは確かに彼女だ。思わず口に出てしまった言葉に、結の手が止まる




「あ………」

『…知りたい?』

「え、あ、いや…」

『私の好きな人、家康くん知りたい?』

「っ………!」




結が、綺麗に笑った

ああ、これはかなり酔っているな。いつもの結ならこんな話、自分からしてはこない

知りたくないと言えば嘘になる。だが、ワシはそれを聞いてどうする?


独眼竜と言われたら?結局はこの思いを閉じ込め、応援するのだろうか

毛利と言われたら?複雑だな…できればその思いを、ワシに向けて欲しい

三成を好きになったと言われたら?それこそ大問題だ。ワシは今以上に悩むことになる




『…何でも話せる友達』

「っ………!」

『私たちが初めて会った時。お互いがそんな神頼み、してたよね…そして出会えた』

「……ああ」

『だから私、家康くんとは何でも話せるようになりたい。もっと、もっと私のこと…話せるようになりたい』

「っ……あ…!」




違う、違うんだ

ワシはもう、結をそんな友として見ることができない

彼女の言葉につんと鼻の奥が、ぎゅっと胸が痛んだ。そして…頭の中の誰かが、いやワシ自身がこの続きを聞いてはならないと叫ぶ





『あのね、私…』





駄目だ、言わないでくれ…!





『ずっとずっと…』





結っ…!












『勝家くんが、好きだったんだよ』





それは、叶わない恋だった





20150125.
好きになるには近すぎた

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