運命の輪 | ナノ

  流れ星が走る


『ふぅ……言っちゃった』





洗ったお皿を棚に片付けて、私は小さなため息をついた

お店が終わり夕日が窓から差し込む時間。私は先日の、柴田屋での宴会を思い出す。あの日は吉継さんも…忠勝さんも楽しんでくれていた


私も少し飲み過ぎて、風にあたるため外に出て、家康くんと話して、そして…




『…ううん、誰かに、話したかったことだもん…それに家康くん、だったし』




…彼は驚いただろうか

私が勝家くんをすきだったことに。それは終わった恋…どうしようもなかった気持ち




『でも、謝らなきゃ…あんなこと言われても家康くん、困っただろうなぁ』




自分の話ばかりで私は、家康くんの方をあまり見ていなかった

彼はいったいどんな表情をしていたのだろう?






「結っ」

『っ!!!!?っ、え、あ…』

「……………」

『か、ついえ…く…』





いつから、いたのだろう。名前を呼ばれハッと顔を上げた先に、勝家くんがいた

私を見つめる彼にギュッと胸が痛い。おかしいな、もう、終わらせたはずなのに




『っ、ど、どうしたの?夕飯まではまだ時間あるけど…』

「いや…左近はどうした?」

『左近くん?柴田屋のお手伝いに行ってから、帰ってきてないけど』

「…左近め、やはり返していないのか」

『え?』




少しだけ忌々しげに、顔をしかめた勝家くん。こんな彼を見るのは久しぶりだ

昔は政宗くんにもこんな風な顔をして…それが懐かしくて、また、痛い




「戻れば私に連絡をくれ。もう一度きつく言わなければ…」

『え…も、もう行っちゃうの?』

「っ…………」

『あ………』




背中を見せ出て行こうとする彼を、思わず呼び止めてしまった

ピタリと立ち止まった彼。振り向かず…私も自分の口を手で押さえ押し殺す


誤魔化さなきゃ、誤魔化さなきゃと私は必死に声を明るくする




『い、家を出てからしばらく立つけどっ…あ、はっ…ひ、一人暮らしの時期は短かったなぁ』

「…そうだな」

『あ、勝家くんが受験する大学、寮とかあるの?一人暮らしになる?』

「合格が決まれば一人暮らしの予定だ」

『そ、か…そういえば勝家くんが目指す大学のこと聞いたことなかったよね。ねぇ、どんな学部…』

「結が知る必要はない」

『え……』

「私のことを…気にかける必要はない。それを結が知っていったい何に…」

『勝家、くん…』

「っ…………」




この時、ようやくこっちを振り向いてくれた勝家くんが目を見開く

そして視線をそらした。対する私は目の前が滲んで…ああ、同じだ、あの時と


私が彼に気持ちを伝えた時も、彼は驚いて視線をそらして、私は泣き出した



お前の気持ちには応えられない、その一言で終わった初恋





『な、んで…話してくれないのっ…』

「…私をこれ以上知る必要はない…結をつらくするだけだ」

『そんなことないっ私はもう…もうっ…!』

「結には知るべき人間が他にいる。徳川氏や石田氏…皆がいる」

『っ………!』

「…もう私は必要ない」

『っ、違うっ…違う、勝家くんが…勝家くんまで…いなくなっちゃったら…!』




四年前、政宗くんはこの町からいなくなった

市ちゃんも、私たち…勝家くんの前からいなくなった


それもこれも全部、全部…!




『私の…せいなのに…』

「っ…………」

『私が勝家くんから市ちゃんと政宗くんを奪ったんだものっ!!!』

「結っ!!!」

『っ!!!!?』





次の瞬間、勝家くんが力いっぱい私の手を掴んだ。見上げた先に、勝家くんの、怖い顔

私を掴んだ手が震えている。息をのんだ私に彼は、低く怒った声で話す




「私がいつ…そのことでお前を責めた…!」

『だっ…て…』

「あれはお前が被害者だ、私も含め…あの“事件”に巻き込まれただけ。それは伊達氏も、あの方も、知っている」

『でも私がっ…マスターの言うこと、ちゃんと聞いてたらっ…!』

「あの男は関係ない…結…!」

『でもっ…でも…』

「っ……わかった」

『え……』




解放された私の手はそのまま宙にあり…勝家くんは再び背中を向ける

分かった、そうだな、と呟く彼。その名前をまた呼べば…綺麗な黒髪がはらりと揺れて、少しだけ、その目が私を映した





「…私が、取り戻す」

『………え、』

「あの瞬間を…あの四人を…救えなかったあの時を、私が取り戻す」

『勝家、くん…?』

「そうすれば結が、伊達氏が、あの方が…己を責める理由はなくなる、そうだろう?」

『っ…勝家くんっ!!』




そう告げた勝家くんは、店の扉を開き出て行ってしまった


なんで、どうして、どういう意味で…扉が閉まっていく様子をただ見つめる




『っ……取り戻す…』





それは、私がしなければならないことなのに













『っ……勝家くん、いる…?』

「……………」

『あ…こんばんは、忠勝さん…勝家くん、こっちに来てませんか?』




柴田屋の奥にある大きな蔵。月明かりが差し込む時間に訪れると、そこには忠勝さんだけが静かに座っていた

夕方、店から出て行った勝家くん。彼に会うためやって来たんだけど…どうしても会う踏ん切りがつかなかった




『家康くんもいない…忠勝さん、一人で留守番ですか?』

「………………」

『すみません、いつも蔵でばかり…でもこの前の宴会、楽しんでもらえましたか?』

「………………」




そう尋ねると小さく返事…のような機械音を出してくれた。多分、お礼

それが嬉しくて笑い返すけど、それでも気になるのは彼のこと。忠勝さんの隣に座って窓を見上げる。そこには綺麗な月




『…会いたいけど会えない、てなんだかおかしいですよね。ついこの前まで一緒に住んでたのに』

「……………」

『忠勝さんは、家康くんと顔が合わせられない…そんな時ってあります?』

「……………」

『首傾げた…あは、無いですよね。こんなもやもやした気持ち…なかなかないです』




店に住むようになって、豊臣軍の皆が来て、政宗くんが戻ってきてくれて…私は変われたつもりだった


それでも根本のところは、四年前からずっと変わってない。四人で過ごした頃と同じつもりでいる…壊した私が変わらなきゃ始まらないのに




『こんな愚痴を家康くんや、忠勝さんに話して…優しい人にすがって…』

「……………」

『政宗くんは変わってくれるって言った…勝家くんは変わらないようにいてくれた…なのに…なのにっ…!』




変わらないようにすることも、変わることもできない私はただ待つしかできていない

今も昔も…それじゃダメ。一人で立たなきゃ、私がしなきゃ、私が、私がっ…!




『勝家くんが…また、危ない目に合うのは嫌なんです』

「……………」

『だって、勝家くんは…!』





私の大切な−…






「じゃ、ちょっと変わりに行くとしますかっ」

『っ…………え?』

「変わる場所へ行く道中ぐらい、誰かに付き添ってもらってもバチは当たりゃしないだろ?」




パチンと一つ、指を鳴らす音がした


ハッと見上げたその先。忠勝さんの肩に見えた影が、窓からの頼りない光に照らされている

その影がひらりと飛び降りて、座り込んだ私の前に立つ。そしてゆっくりとしゃがんだ


ボロボロと情けなく泣く私に差し出されたのは…なくしたと思ってた、昔から使ってるハンカチ





「ほら、そこまで俺が一緒に行くからさっ」

『っ…………』

「大船乗ったつもりでここは一つ!俺の言葉に賭けてくれって、な?」




差し出された手を取れば、蔵の中なのに暖かい風が吹き抜けた気がした

すっと私を立たせた彼からハンカチを受け取る。そして次にニカッと眩しく笑った彼が、優しく私の手を引いた





『左近くん…どうして、ここに…?』

「ん?結ちゃんが、俺を呼んでる気がしたから」

『っ…………』

「へへっ、なんちゃって!」





月が浮かんだ淡く明るい夜空を、その光に負けないくらい輝く流れ星が走った





20150211.
眩しい流れ星に願いを

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