運命の輪 | ナノ

  銀狐の契約


『あ、吉継さん!吉継さん!』

「む…どうした御狐殿?ずいぶん浮かれておるようだが…」

『宴会しますっ』

「……………は?」












『お店が再開した時は忠勝さんが仲間外れでしたから。今日は勝家くんちでご飯にしようって話してたんですっ』

「そうか…それは本多も徳川も喜ぶであろ。しかし、われは…」

「刑部、あの日は貴様も店の隅にばかり座っていた。今宵の宴への拒否は許さない」

「三成までも、か。ヒヒッこれはこれは、断ると後が恐ろしいっ」




ヒッヒと笑った吉継さんも、今夜は柴田屋に来てくれるらしい

三成さんと顔を見合わせる。そうと決まれば人数分、夕飯の準備ですね!




「買い出しだ。早急に支度をしろ、狐」

『は、はい!あ、吉継さんっ店番お願いしてもいいですか?』

「店番とな?待ちやれ御狐殿、われは茶屋の真似事などでき…」

『今日は商店街で特売だって姫ちゃんが言ってました!早く行かないと売り切れるかもしれませんっ』

「よく解らんが急ぐのか?行くぞ狐っ」

『はいっ』

「これ、三成っ……行ったか。ヒヒッ、御狐殿の変化はどう見ても三成の影響よな」
















『忠勝さんのいる蔵を会場にしようかと。それなら皆さん、入れますし』

「全て貴様に任せた。常連の輩がいなければ刑部も気兼ねなく参加できる、頼んだぞ狐」

『は、はい!』




狐と共にやって来た街。普段利用するすうぱぁと呼ばれる大きな店とは違い、専門の店が並んでいた

そこで次々と宴に向けた材料集め。騒がしい宴を好みはしないが…主賓の一人が刑部となれば話は別だ




『吉継さんって嫌いなものありますか?忠勝さんは何でも好きだって言ってましたけど…』

「刑部にも特にはない。だがつまみになるものが好きだ、とも聞いた」

『さ、酒のみなんですね吉継さん…!せっかくなので、おつまみも自分で作ろうかと思ってますっ』

「そうか…刑部も喜ぶ」

『はいっ頑張りますっ』

「……………」





…近頃、刑部は狐と親しくしているようだ

刑部だけではない。半兵衛様や後藤…秀吉様もまた、狐と話している姿をよく見かける




『あ…お茶っ葉買いたかったんです…けど…』

「…混雑しているな」

『このお店、全国的に有名なんです。すみません三成さん、あの…』

「私は向かいの店にいる、並んでこい」

『は、はい!』




そう短く返事をした狐は駆け足で店内へ入っていく。それを見届け、私は向かいの店の壁に背中を預けた

…確かに客が多いな、人気だと言ったがなるほど。狐の店の物とは違うかぎ慣れた茶葉のにおいに少し安心する




「しかし、まさか刑部までも狐に気を許すとは…ふんっ、家康がまた落ち着かなくなるな」





…家康の心中など興味がなくとも感じ取れてしまう

それほどに近頃の奴は焦りと不安を募らせている。それを指摘すれば有り得ない、と否定するが見ていれば分かる


狐が他の輩と親しくなるにつれ、安心よりも他人に奪われる不安が上回ってきているのか。実に面倒な男だ




「好意、か…」




伊達政宗のように嫉妬を露わにし、家康のように冷静さを欠いてしまう。官兵衛のように庇護欲をわかせるのはそれに含まれるのか?

そして…




「私は…」





どうなのだろうか






「買い物で女性を待つのも男の役目…そうと解ってはいても、やはり退屈してしまいますね」

「っ!!!!?」

「どうでしょうお兄さん、私とお話しでも」




突然の声に振り向いたその先。私が背を預けた店の壁に奴もまた、身体を預け私を眺めていた


長い銀髪の男。全身を真っ黒な着物で包み、真っ白な顔で真っ青な唇がニタリと弧を描いている

どこかで見たような…そう顔をしかめる私に、男はクッと喉で笑う




「恋人をお待ちですか?」

「こい、び…っ!!?ち、違うっ!!狐と私はそのような仲ではないっ!!」

「おやおや、それは失礼しました。そう声を荒げないでください」

「ぐっ……貴様は…」

「私ですか?明智、と申します。職業はボディガード…ああ、いえ。とある方の護衛を仰せつかっています」

「……………」

「ここで会ったのも何かの縁。ぜひ仲良くして頂ければと…」

「貴様、何者だ」

「……………」

「何故、私の正体を知っている」




次の瞬間、ふざけたようににやける男の胸ぐらを掴んだ。聞き流してしまいそうになった言葉だが、私を誤魔化そうなど百年早い

…先程、男はわざわざ言い直した。ぼでいなんたらという言葉を、私にも分かる護衛という言葉に




「何故…私に南蛮のそれが伝わらないと知っている」

「………………」

「答えろ、貴様は何者だ…!その返答によってはここでっ…」

「私は全てを知る者です」

「っ!!!!?」

「貴方…元の時へ帰る方法を知りたくありませんか?」

「〜〜っ!!!!」




男がそう囁けば私は掴んでいた手を離し、男を突き飛ばして距離を置く

今、男は何と…!

目を見開き戸惑う私を男は笑う。それにハッと我に返り、明智と名乗る男を睨んだ




「何を言う…!貴様が何故それを知っているっ!!」

「言ったでしょう?全てを知る者だと、私は貴方たちに帰って頂きたいだけです」

「っ、信用できるかっ!!私たちを連れ込んだのはっ…結だ…!」




そうだ、あの女が左近を…それに巻き込むように私たちを未来へ連れてきた

狐でさえ帰す方法を解らないと言っている、それなのに何故、この怪しい男が




「っ、私を惑わす気か…!それ以上何を言おうと貴様の策に私はっ…!」

「運命の輪」

「………は?」

「そう、あの店は檻、いえ、飾り棚なのです。あの店さえなければ貴方たちは解放される…ふ、ふふふっ…!」

「っ、何がおかしいっ!!!」

「いえ、今、貴方は迷ってしまった」

「っ…………」

「私の言葉に希望が見えてしまった…そう!あの店こそ、全ての中心っ…ああ、もう、時間ですね…」




最後に1つ、と男は人差し指を立てた




「店の常連客には気をつけてください…特に知ったかぶりの2人には、ね」

「知ったかぶり…」

「彼らは何も知らない…しかし全てを知っている、私と同じです」

「っ、待てっ!!話はまだっ…!」




私がそう叫ぶより先に、男は風のようにこの場から去ってしまった

男が口にした言葉…私たちが帰る、その方法への糸口。まだ話は終わっていないと急ぎ追いかけようとする、だがそんな私に…!






「石田、」

「っ!!!!?」

「……………」

「もっ……」




背後から私に声をかけてきたのは、こちらの世の毛利だった

相変わらずの仏頂面。何故、貴様がここに…そう問うより先に男は私に袋を差し出してくる


…………は?





「茶葉ぞ」

「………は?」

「………茶葉」

「い、いや…何故、貴様がこれを私に…結はどうした」

「結ならばアレよ」

「は?」




アレ、と毛利が指差したのは狐が茶葉を買いに向かった店…の二軒隣。呉服屋のようだ

そしてその店の前で…





「ほぉらこれっ!!結に似合うんじゃないかしら?合わせましょう、ね?」

『ひいっ!!?きょ、京極さん、私にこんな派手な洋服はっ…!』

「んーっ似合うわよ!妾の見立てに間違いなんてないんだから、ほらほらっ入りましょっ」

『え、あの、ちょ、きゃあっ!!?』








「機嫌の良い京極に捕まり、これからしばらくは着せ替え人形よ」

「・・・・・・」

「貴様はこれを持って先に帰れ、そう結から言伝ぞ」

「…何故、貴様が」

「あの店は我の行き着けでもある。偶然居合わせた…それだけだ」

「そうか…」




そうとだけ答え茶葉を受け取る。あの男の気配はもうなく、追いかけるのは不可能か

そしてもう一つ、男の最後の言葉を思い出した




「知ったかぶり…」

「は?」

「っ……いや、」





男が気をつけろと言った常連客の知ったかぶり2人…それはこの毛利と、あの京極という女ではないか

話を聞いている限り、この2人は最も古い常連客。私たちを帰す方法があの店にあるならば、何か知って…





「石田?」

「っ……何でもない、この後は急用がある。悪いが結は返してもらうぞ」

「……………」




結と京極が消えた店へ向かう。今宵は柴田屋で宴の準備がある、ここで時間を浪費する暇はない

とにかく急がねば。そう考えることで私は先程の話を一時、忘れることにした





20150111.
悪魔と死神の契約

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