笑う門に風が吹く
「…で、これが厄介連中の飯だろ、切れかけてた店の調味料に…ほら、お前さんの飲み物だっ」
『す、すみません…ありがとうございます、官兵衛さん』
「いいさ、病人なんだ!動ける奴をどんどんこき使え、特に小生は御狐様の贄だからなっ」
『また、そんなこと言う…』
「はははっ!」
『………あは、』
恐怖のリゾット事件から数日後。なんとか動けるまで回復した私だけど、未だに本調子には戻れていなかった
店は朝だけ政宗くんにお願いし、残りはほぼ開店休業。明日からは再開しなきゃと意気込んではいるけれど
『買い物も、官兵衛さんたちにお願いしてばかりですから…』
「だから気にするな。小生も左近も、あと権現も好きでやってるんだ。御狐様は自分の回復に努めとけ」
『でも…』
「あの半兵衛が自分のせいだって落ち込んでたんだぞ?三成や太閤が励ましてるが、ありゃあ重傷だな」
『は、半兵衛さんが…!それは、早く元気にならなきゃですねっ』
「そうだぞ、さっさと元気になって安心させてやれ。それに、お前さんは―…」
「暗、」
「ん?」
『あ……』
邪魔するぞ、と部屋に入ってきたのはフワリと浮かんだ吉継さん
官兵衛さんの邪魔するなら帰れっという返事にヒヒッと笑った
「いやすまぬ、御狐殿と戯れておったか」
「そう思うってんなら出ていって欲しいがね、今は小生と懇ろの時間なんでな」
『あ、えっと、その…!』
「ヒヒッ…御狐殿をからかうのはさておき。そちら宅の子がこちら宅の子と喧嘩しておるでなぁ、止めてくれぬか」
「こっちの子…又兵衛かっ!?相手は三成っ…って、又兵衛!喧嘩は売るなとあれほど…!」
『あ……』
瞬間、バタバタと慌てて部屋を出ていった官兵衛さん。向かう先は又兵衛さんと三成さんの所
その背中を見送って、私は、うーんと首を傾げた
「如何した御狐殿?」
『官兵衛さんって…』
「む?」
『お父さんみたいですね』
「………ヒッ、」
『え?』
「ヒヒッ、ヒーヒヒッ!!暗が!父か!流石は御狐殿よ!面白きことを言うっ」
『え、えと、あの…!』
「それを暗に面と向かい言うてやれ、それはまた…ヒヒヒッ!」
『あ、い、言っちゃダメですよ吉継さん!内緒ですからね!』
お腹を抱えて大笑いする吉継さん
言わないでくださいとお願いしてみるけど、今夜の夕食はこの話題で盛り上がるに違いない
『……………』
皆が一緒に笑っている時、その中心はいつも官兵衛さんだ
『…と、よし、じゃあ行ってきますっ』
「ん?って、こらこら結!何やってんだっ」
『え、家康くんと忠勝さんに昼食を…』
「病み上がりが荷物を抱えるんじゃない、ほら、小生が持つっ」
『あっ…す、すみません、ありがとうございます…』
「いいから、さっさと行ってやるぞ。権現たちも待ちわびてるはずだ」
『はいっ』
そしてある日。いつものようにお昼を届けるために店を出る私と官兵衛さん
二人分の昼食が入った袋を軽々と持ち、先を歩く彼を私は慌てて追いかけた
「…で、まだ刑部はあの時のネタを引っ張るんだ!この前は伊達を味方につけやがって…!」
『ま、政宗くんですか?すみません!私が、お父さんみたいとか言ったから…』
「いやいや、御狐様は悪くない!まったく、小生はまだオッサンじゃないってのに。見ろ結!こんなに肌もピチピチだぞ」
『ピチピチ…ふ、ふふふっ』
「はははっ!!」
並んで道を歩きながら、ゲラゲラと笑う官兵衛さん
彼の話に私も口元を押さえて笑う、そうしなきゃ大口を開けて笑ってしまいそうだから
『ふふっ、官兵衛さんっていつも笑ってますよね』
「ん、そうか?他の連中が笑ってないだけだろ。三成なんか毎日こーんな目をして眉間にシワ寄せてんだ」
『あははっ、それにしてもですよ。こっちまでつられて笑っちゃいますっ』
「そりゃあ何よりだ!人生なんてなぁ、笑っとけば何とかなるもんだ!」
『…そうですか?』
「おう!どんな嫌なことも、苦しいことも、笑っときゃ忘れちまう。辛くても笑えばいつか良いことあるんだよ!」
『……………』
だから笑うんだ、そう言った官兵衛さんはまた笑う。口角を上げたその顔に私もつられた
そっか…官兵衛さんだって嫌なことはある。たいへんなこともある。それでも、それをはね返そうとしてるんだ
「小生は生まれながらに不運を呼び込む体質らしくてな、だからこそ悪いことは考えないようにしてる」
『う、生まれながらって…とてもそうは見えません』
「おう、小生もそう思う!刑部が言ってたことだから話半分だ。それに今の人生は嫌いじゃないっ」
『…はいっ官兵衛さん、楽しそうですから』
「そうだろう?御狐様もそう思うか、なるほど…刑部は小生の人生謳歌にヤキモチ焼いてんだな!」
『ヤキモチ…ふふっ、それ、吉継さんに怒られちゃいますよっ』
「おっと、笑った御狐様も同罪だからな!贄の尻拭いは頼むぞ御狐様〜」
『あは、その時は天罰として夕飯抜きですっ』
「なっ―…!うちの御狐様は手厳しなっ…お願いします神様仏様御狐様〜!」
『っ…ふ、ふふふっ…!』
両手を重ね大袈裟な胡麻すりをする官兵衛さんに、とうとう私はお腹を押さえて笑ってしまう
それを見て官兵衛さんは更にオーバーリアクション。大きな体で大袈裟に、それが彼のスタイルだ
それはもう明らかにこちらを笑わせようとしていて…ズルいです
『もうっ、官兵衛さん、卑怯です…そんなことされちゃ、笑わない方が無理ですよっ』
「はははっ!!おう、笑え!どんどん笑えっ!!お前さんが笑うってなら小生は、どんな馬鹿も卑怯もやってやる!」
『っ―……!』
「小生はお前さんや、柴田や、伊達が何を背負ってるか知らん。知らんが辛気臭い顔が似合わんのは解るっ」
『それ…は…』
「いいか結、とにかく結は笑え!お前さんが笑えばそれだけで周りはパァッと明るくなるんだっ」
『私が…』
「笑えないなら小生が笑わせてやる、どんな嫌なことも吹き飛ばしてやる!」
任せろ!と自分の胸を叩いて笑った官兵衛さん…やっぱり、ズルいですね
私と二人きりになったから思っていることを言ってくれたのか。それとも意識なんかせず、自然と出た言葉なのか
どちらにしろ、官兵衛さんが優しいということは変わらない
『…ありがとうございます、官兵衛さん』
「ん?は、ははっ、改まって礼なんか言うな!小生の馬鹿にお前さんを巻き込んでるだけだしな、うんっ」
『そんなことないです、それに…』
「それに?」
『…皆さんが来てくれてから、私、笑う回数が増えましたから』
「っ……おう、そうか!」
『…泣く回数も増えましたけど』
「……おう、すまん」
『……ふふふっ』
「っ、はははっ!!」
ほら、また笑いました
20140810.
枷無しの官兵衛の底力
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