運命の輪 | ナノ

  狐の料理教室


「ああ、そうだ結くん。今日は台所を借りていいかな?」




ガタガタガタっ!!!!




『え?』

「ん?」

「ど、どどうした半兵衛っ!!?突然何を言い出す!血迷ったか!」

「おい結!こっちだ!早く小生の後ろに隠れろっ!!」

「ならぬぞ御狐殿っ!!首を縦に振ることだけはならぬ!」

『あの…み、皆さんどうしたんでしょうか?』

「さぁ、皆目検討つかないね」

「お前は気づけっ!!」




朝食が終わりお茶を飲んでいた半兵衛さんが、ふと思い出したように呟く

その瞬間、物凄い勢いで壁まで逃げる豊臣の皆さん。あの秀吉様や吉継さんまでどうしたんでしょう




「先日の宴には異国の料理もあっただろう?それに少し興味が湧いてね」

『へぇ…半兵衛さん、料理もできるんですね!スゴいですっ』

「ふふ、興味程度だよ。どうだろう、時間があれば一緒にどうかな?」

『はい、もちろんですっ』

「そ、そっか結ちゃん、半兵衛様の壊滅的な料理の腕知らないんだ…!」

「左近!貴様、半兵衛様に失礼だぞ!」

「…そう言うお前もぉ、手が震えてるじゃあないですか」

「こ、これは武者震いだ!」

「どっちにしろ駄目じゃないっすかっ!!?」

『?』




コソコソと何か言い合っている皆さんに首を傾げつつ、おだやかな笑みの半兵衛さんに視線を戻した

今日は政宗くんも休みだし、お店が終わった夕方なら大丈夫かな




『じゃあ半兵衛さん、一緒に夕飯を作りましょうかっ』

「そうだね、ふふふっ楽しみだ」

『ですねー』

「ゆ、夕食っ!!?いきなり難易度高いものに挑戦しやがって…!」

「御狐殿ほどの腕ならば賢人と相殺でき…ぬな」

「…絶望的」

「先輩、逃げる準備しないでください」




誰かと一緒に夕飯を作るなんて…いつぶりだろう

左近くんや又兵衛さんもお手伝いしてくれてるけど盛り付けや食器洗いだし、たまに作ってもマスターは台所の私を眺めるばかりだったし




『半兵衛さんにはイタリアンとか似合いそうです…あ、今日はチーズリゾットにしましょうか!』

「りぞっと?そうだね…そこは君に任せるとするよ、先生」

『っ…せ、先生とか、照れちゃいます…!』

「ふふふっ」












『あ、半兵衛さん、指先気をつけてくださいっ』

「ああ、すまないね。こう、だったかな?」

『は、はいっ』




…お店が終わり一段落した夕方。約束通り私と半兵衛さんは夕食の準備に取りかかっていた

家庭で作る簡単なリゾット。さっき味付けしたお米はもう炊飯器の中で、今は具材を準備しているところだ

並んで野菜を切る私たちだけど…半兵衛さんの指先が危なっかしい。包丁で切っちゃうんじゃないかとハラハラです




『やっぱり…武器を持つ要領になっちゃうのかな』

「ん?」

『あ、いえ、半兵衛さんの手、綺麗ですから…傷つかないか心配なんです』

「おや、ありがとう。結くんの指先もとても綺麗だと思うよ」

『っ!!!!?』

「あれ?同じ言葉を返したはずなんだけど…大丈夫かい、真っ赤だ」

『え、あ、その、えっと―…きゃあっ!!?』

「あ……」




動揺した私はまな板の隣にあったボウルに手をぶつけてしまい、さっき切った玉ねぎがひっくり返る!

すみません!と慌てていたら、半兵衛さんはクスクスと笑い始めた




「いや、僕こそすまない。君は本当に危なっかしいね」

『す、すみません!昔から…落ち着きがなくて…』

「まったくだ。大丈夫かい?君こそ怪我はないかな」

『っ―……は、い…』




今度はしゃがんだ彼が私の手を取り指先を、甲を、手のひらを順番に眺め確かめる

そして、うん、さっきと同じ綺麗な手だと言って放した。それにまたまた真っ赤になったであろう私。この人は、なんてスマートなんだろう




『は、半兵衛さん…私の思ってた武将さんとぜんぜん違います…』

「僕が?」

『はい…』

「そう…君が思い描いていたのは三成くんや左近くんのような血気盛んな男かな?」

『うーん…』




そう、なんだろうか?

確かに戦国武将といえば勇ましいイメージだった

ただ半兵衛さんは静かでおだやか…軍師という役職がそういうものかもしれないけれど




「静か、か」

『あ、落ち着いてるとかいう意味で、ぜんぜん、悪い意味じゃなく…!』

「ああ、解ってるよ。そう思ってもらえてるなら嬉しいかな。僕は軍師で、冷静でなければならないんだ」




そう言った半兵衛さんはまた野菜を切り始める。私も慌てて彼の手元に視線を向けた

やっぱり、ちょっと危なっかしい。そして長くて綺麗…それでいて大きな男の人の手




『冷静…』

「ああ、戦況を…人を見て最善を導き出す。そのために常、冷静でなければならないんだ」




そりゃあ、たまには怒ってしまうこともあるよと笑う半兵衛さんだけど、彼が怒った時は本当に怖いんだろうな

そして豊臣軍の軍師な彼。だから冷静である必要があると言う


その言い方はまるで…




『半兵衛さんは、冷静であろうとしてるんですか?』

「ん?」

『じゃあ私に…はもちろんですけど、他の人にも隠してること、あるんでしょうかね』

「隠し事…僕が…」




さぁ具材を炒めましょうか、

もうすぐ完成も近い。フライパンに多目の具材を入れながら、ふっと隣を見れば何か考え事をしているような半兵衛さん

どうしましたか、と問いかければ何でもないよと笑う




「ふふ、まさか君にそう言われるとは思わなくてね。そうか、そうなのかな…」

『あ、あの…』

「そりゃあ僕だって秘密くらいあるよ。それに自分では解っていないこともあるようだ」

『半兵衛さんが?意外です、何でも知ってると思ってたんですけど』

「そうでもないよ、最近は特に自分でも理由が解らない言動が多くてね」

『……………』

「ふふ、不思議だ。本当にここは、この世界は、君のいる場所は不思議で退屈しないよ」

『それは…何よりですっ』




今の退屈しない、という言葉に悪い意味はなく、本当に彼は楽しそうだった

手際よく炒めた具材に半兵衛さんが味付けをする。さぁ仕上げだ





「特に君に関して…僕は不可解なことばかりだ」

『え?』

「あ、そうだ結くん。君も味を確かめてくれるかな、僕好みで口に合うか分からないけどね」

『あ、えっと、は、はいっ』




半兵衛さんに味付けをお願いした分。それをスプーンですくい、差し出してくる

そう、差し出し……えっ!!?




「ほら、食べさせてあげるから。口を開いてくれ」

『え、え、ええっ!!?い、いいですよ!そこは自分でっ……』

「ん?不都合があったかな?」

『そ、そういうわけじゃ…』

「ふふ、だったら照れずにどうぞ」

『は、い…いただきますっ…』




あーんと開いた唇に、そっと向かってくるスプーン。見上げた半兵衛さんがニッコリ笑ったから恥ずかしくなって、慌てて視線をそらした

その先。フライパンの中身が視界に入れば…あれ、と疑問を感じる


私たちが具材として炒めたのは茄子と玉ねぎ、パプリカ、ベーコン、そして少量のニンニクだ



何故、こんなに真っ黒―……










「…お、遅いっすね半兵衛様と結ちゃん…大丈夫かな」

「暗、ちと様子を見てこい。御狐殿の安否確認よ」

「そう言うお前さんが行ってこい!結なら大丈夫だ、ぜったい、きっと、たぶん…!」

「ぐっ…!」




台所へと消えた半兵衛様と狐…しばらく経つが戻ってくる気配はない

待ち続ける私たちも気が気でなく、皆がソワソワと落ち着きがなかった。大丈夫なのか、だが、誰も様子を見に行こうとはしない




「っ……!」

「え、ちょ、三成様っ!!?」

「私が見に行ってくるっ」

「ええっ!!?駄目です危険っすよ!三成様が行くってんなら、代わりに俺が…!」

「くっ…退け、三成!左近!お前たちではもしもの場合、半兵衛を止められん…!」

「まさか、秀吉様が…!?」

「なりません秀吉様っ!!」

「大袈裟すぎやぁしませんかねぇ、あの狐だって一目で解る危険なものを口に入れたりなんか―…」




バタンッ!!!!




「……あれ?」

「結っ!!!」

「結ちゃんっ!!?」







「っ、結くんっ!?大丈夫かっ!!」

「半兵衛様っ!!」

「っ―…三成くん!結くんがっ」




何かが倒れる物音に駆けつければ、台所で座り込む半兵衛様とその前に…ぐったりとした女の姿

最悪の事態だ…!




「結っ!!おい、貴様、意識はあるかっ!?私が解るかっ!!?」

「み、三成様っ!!これ、食っちまったみたいです…!」

「っ!!!!?」




左近が私に見せてきたのは、記憶の奥底に隠した恐怖を呼び起こす…真っ黒な、物体だ




『ぅ……み、つなり、さ…』

「っ―…意識が…!おい、私が見え―…!」

『あ…きれいな…おはなばたけが…見えます…』

「逝くなぁあぁあぁあっ!!!そっちへは行くなっ!!」

「結っ!!?お、おい医者っ!!医者呼べっ!!又兵衛!長曾我部呼んでこい!」

「チィッ―…仕方ねぇなぁ狐めぇ…!まだ死ぬんじゃあないですよぉっ!!」

「……………」

「っ…半兵衛、どうした?」

「まさか…ぼ、僕は、料理がヘタクソ、なのかい…?」

「今ごろかっ!!!?」

「ヘタクソなんぞ可愛らしい表現では済まぬがな」




衝撃の事実に震える半兵衛様。そんな彼に何と声をかければいいか解らない

そしてそれよりも私の腕の中、抱き上げた女の反応はますます無くなってくる




「結っ!!?」

「しっかりしろ御狐様っ!!ようやく店を再開できたばかりじゃないか!」

「ぐぅ…!こちらの時代であっても、弱者は犠牲となるしかないのか…!」

「秀吉様!まだ結ちゃん死んでねぇっす!」





20140803.
いきなり休業のピンチ

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