運命の輪 | ナノ

  運命の輪


二階の自室。そこから階段を降りきれば、静まった店に辿り着く

昨夜の騒ぎは嘘のよう…無事に終わった、私の、マスターとしての初仕事。店の隅に飾ってある真っ白な花をチラッと見て、直ぐに片付けに移った


結局、翌日に回したパーティーの片付け。皆が起きてくるまでにある程度は終わらせなきゃ、そう思って急ぐ私の視界に入ったのは…





『え……』




カウンターにポツンと置かれた便箋だった

何だろう、手に取って裏面を見た私は…手紙の中身を読まなくても全てを悟る





『………甘露、へ』





マスターからの置き手紙、


そっか…マスターは…





『また……行っちゃったんだ』





流すように読み進めた手紙の中身は、昨晩は楽しかったという感想と、私や勝家くん、政宗くんの心配

けどマスターの言葉は頭に入ってこなくて、思うのはただ…悲しいという感情




『マスター…私も…』





一緒に、連れていってください


そう言えなかったのは、マスターにそのつもりはないと解っているから

だから彼は私に何も言わず店を出た。またふらりと帰ってきてくれる、なのにツンと鼻の奥が痛い




『っ…泣いちゃ、ダメ…!解ってた、わかってたこと…!』




あの人はいつも突然だった。小さい頃、勝家くんと喧嘩して泣いていた私の前に現れた彼

突然現れては突然消える。マスターは気ままだ。古い仲の毛利さんも、浅からぬ仲の京極さんも、あの人の真意は解らないと言う


でも…





『…待ってます、マスター』




貴方の店で、私はずっと


こうやってフラリと帰ってきてくれる日を待ち続けてます。それに、今の私は―…






「ふぁあ…ん、あれ?あー、やっぱ早起きしてた」

『っ……!』

「休みなんだからゆっくり寝てりゃいいのに、働き者だな結ちゃんは」

『あ…おはよう、左近くんっ』

「ん?あ、そっか忘れてた、おはよっ」




のそのそ起きてきた左近くんが、大きな欠伸をしてからへらっと挨拶してくれた

うん、おはよう。まだ眠いであろう彼は目元をゴシゴシと擦り、次にあれ、と私を見つめる




「結ちゃん…また泣いてた?」

『え、あ、うん…マスター、また旅に出ちゃったから』

「え…って、はぁっ!!?おいおいあのオッサン、また結ちゃん置いてったのかよ、はぁあぁ…薄情者だなぁ」

『マスターは昔からあんな自由だから、仕方ないよ』

「けどさぁ…それで結ちゃん泣かせたら意味ないっしょ」

『ううん、まだ、泣いてない』

「え?」

『だって…』






今の私には、皆がいるから


そう言いかけた口を閉じ、笑って誤魔化す。そうしたらやっぱり左近くんが不思議がって、言葉の続きを促した




『ふふ、何でもないっ』

「えー、そんなわけないだろ?言って、な、俺と結ちゃんの仲だし!」

『うーん……うん、じゃあ、秘密っ』

「ええっ!!?ちょ、結ちゃんは変な駆引きとか覚えなくていいから!イカサマ無しに答えろって!」

『あはっ』




もうすっかり目が覚めてる左近くんが困ったように言うけどやっぱり教えない

いつか貴方たちが帰る日に、泣きながら、伝えよう





『あ、左近くん、窓開けて換気しようか。ちょっとお酒の臭いがこもっちゃってる』





さぁ、朝の風を迎えよう




20140724.
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