運命の輪 | ナノ

  御狐様の言の葉


『…うん、平気。秀吉様もなんとか部屋に入ったし…それじゃない?私は大丈夫…うん、うんっ』




朝早く勝家くんから電話があった。内容は私の安否の確認

三成さんに殴られてないかとか三成さんに斬られてないかとか三成さんに…うん、大丈夫まだ生きてる




『今日は日用品を買いに行くんだよ、家康くんと忠勝さんの分も後で届け…え?い、いいよ!私が買いに行く、私が準備するからっ』




独り暮らしを予定していたここに、歯ブラシやらタオルやら日用品の類いは少ない

今日は完全にお店を休み買い出しの日だ。勝家くんが用意しようかと提案してくれるけど…大丈夫、




『家康くんと忠勝さんをお願いしてるんだから…これ以上おじさんにもおばさんにも、勝家くんにも迷惑はかけられないよ』




…じゃあ、また後で


そう言って通話をきる。勝家くんは、すごく、私を心配してくれた

それでも私は…




『っ、よし!みんなが起きる前に準備を!』




武将さんたちのトリップで予定は狂ったけど、私は店の再開もしなきゃいけない!

店の入口付近に山積みの荷物も奥へ運ばないと。マスターがいた時は、甘露は箸以上重い物は持つなーっとか言ってたけど



『一人の今は何でも自分で!…よいしょ、て、うわっ、』




予想以上に重いそれを抱えると、足元がふらつきよろけてしまう

危ないから慎重に、でも重い、下もよく見えないから転ばないようにしないと





『んー……あ、っと……え?』





あと少し…と思っていたら突然、重さを感じなくなり荷物が宙に浮いて私の手から離れていく

驚いて見上げたその先。私を見つめる瞳が鋭く、長い銀色の前髪から覗いていた







『み、三成、さん…!』

「…………」

『あ、三成さん待ってください!自分で運びますから!』

「…無償で宿と飯を与えられるつもりはない」




そう言って取り上げた荷物を奥へと運び、また次の荷物を取ろうと向かう三成さんを私は引き止める

これは私の仕事なんだ。彼らはあくまでお客さんで、手伝いをさせてしまうなんてとんでもない!




『三成さんは奥でゆっくりしててください!あの、お暇なら何か準備しますしっ』

「貴様を女中として召し抱えたつもりもない、退け」

『ですけど…!』

「ふん…巣を荒らされたくないならば、端から厄介な私たちを連れ込まねばよかったものを」

『え……』

「今しがた、貴様が言ったではないか。独り言にしては大きな声でな」





迷惑だ、と


三成さんが私を冷たく見下ろしながら言った言葉。はじめは意味が解らなかった

けれど直ぐに思い出したのはさっきの電話。そう、確かに私は迷惑だと言った、でもあれは…!




『ち、違います!三成さんたちが迷惑なんじゃなく、私が、勝家くんたちに迷惑をかけてしまうという意味で…!』

「勝家?あの男と…遠くの者と意志疎通ができるのか貴様、さすがは狐か」

『いや、これは電話といって…!』

「しかし、私たちが厄介者だというのは貴様の本音だろう」

『っ!!!?』

「本性が出たな狐、やはり家康や左近は貴様が口先でたぶらかしたか。豊臣に付け入り何を狙っている」

『ち、違います!私は、私…は…そんな、つもり…』

「私に泣きつこうが無駄だ。例え最後の一兵となろうと、私は貴様に騙されなどしない」

『〜〜っ!!!』

「おう!朝っぱらから女を苛めるなんざカッコ悪いぞ三成!」

『あ―……』

「っ………!」





突然グッと肩を引かれ、三成さんとの距離が開き息苦しい緊張がプツリと切れた

三成さんの言葉で歪んだ視界の向こう、おはようさんと笑った彼が私を見下ろしている





『官兵衛さん…』

「お前さんも朝っぱらから泣かされてるんじゃない!初日からこれじゃあ小生が権現に叱られちまう」

「官兵衛…!そうか、貴様も憑かれていたな」

「おう、三成と違って小生は御狐様に首ったけなんでな。今日は買い出しなんだろ?行くぞ御狐様」

『え…は、はいっ』

「待て官兵衛!」




既に着替え準備を済ましているらしい官兵衛さん。確かに昨日の夜、私は彼に買い出しの手伝いをお願いしていた

私の背中を押して急かす。そんな官兵衛さんに三成さんが怒鳴るが、彼はそれを気にもとめず笑い飛ばした




「お前さんは半兵衛たちを起こして、さっさと帰る方法を探すことだな」

「貴様に言われる筋合いはない!何処へ行くっ!!」

「御狐様の護衛さ、なぁ御狐様」

『あ、え、と…』

「騙されるな!それは私たちを滅ぼそうと目論む獣だぞ!」

「相変わらず想像力の素晴らしいことだな、こんな泣き虫な娘さんがそんな恐ろしいこと考えるもんか」

「本性を見ろっ!!官兵衛…!気を許し、後戻りできなくなっても知らんぞ!」

「ご忠告ありがとさん、」

「〜〜っ!!!!」




カランカランと店の扉を鳴らし、私と官兵衛さんは外へ出る

振り向いて扉が閉まる様子を見つめれば、その隙間から私たちを睨む三成さんの怖い顔が見えた






「ったく…三成も疑り深い奴だ。もう少し冷静になれんもんかね」

『…………』

「大丈夫か結?まぁ気にするな、そのうちお前さんに責任はないと気づくさ」

『…三成さんって、』

「ん?」

『すごく…皆さんを、心配してるんですね』

「は?…ぶっ、ははははっ!!あれを単に心配してると言うかっ!?」

『え?え?』

「いや、そうだな、そうだが…!さすがは御狐様だ、そう解釈するかっ」




お腹を抱えて笑いだした官兵衛さんに私は戸惑うばかり。面白いことを言ったつもりはないんだけど

首を傾げる私、その頭をガシガシと撫でる官兵衛さんはどこか嬉しそうで




「だが見る目はある!やっぱりお前さんは害のある狐には見えん」

『…狐じゃないです』

「おう、すまん!じゃあ行くか結っ」

『あ……はいっ』




一緒に並び、私たちは近くのスーパーへ向かう

荷物持ちは任せてくれ!とおどけた風に力こぶを作る官兵衛さん。彼を見て私は、また笑っていた












「おー…こっちの世の店は広いもんだな、迷子になっちまう」

『たくさん買いましたしね…官兵衛さん、大丈夫ですか?』

「おう!小生はまだまだ持てるぞ、これくらい軽いもんだっ」

『あは、でも今日はこれくらいにします。少し遅くなりましたけど、帰って朝ごはんにしますね』




歯ブラシ、タオル、お箸やお茶碗…し、下着とか

あの大所帯で暮らすため、必要最低限の物を買い揃えた。それらを抱えた官兵衛さんとの帰り道。力自慢な彼は本当に軽々と袋を運んでいる




「人も多いしな。どいつもこいつも小生を見ていたぞ」

『官兵衛さんは大きいですし目立ちますからね。人の目を惹いちゃうんですよ』

「ははっ、そう言われると悪い気はせん。さすが御狐様は口が上手い」

『…………』

「ん?ああ、すまん!本気で狐だと思ってるのは三成くらいさ、だがあれも性根から悪い男でもない」

『…はい、三成さん…私を疑ってますけど、荷物を運ぶの手伝ってくれましたし』

「真面目で律儀な奴だからな。他の連中もだ、大丈夫、そのうち仲良くできるさ」

『………はいっ』




そう言ってもらえたら、何とかなる気がしてきました。官兵衛さんも口が上手いのかもしれない

前向きな返事を返した私に官兵衛さんもうんうんと頷く。けどハッと何かに気づきグッと顔をしかめた…ん?




「だが結、刑部にだけは気をつけるんだぞ」

『ぎょうぶ…あ、吉継さん、ですか?』

「ああ、あれは口から嘘しか吐かん。他人を馬鹿にするのが趣味みたいなもんだ」

『か、変わった趣味ですね…』

「何か言われたら小生に言え。あと言葉を本気にするな、いちいち気にしてちゃお前さんがもたん」

『…………』




官兵衛さんが本気で心配しているから、とりあえずはコクリと頷いてみる

吉継さん…彼とはまだそんなに話してないけど危ない人なのだろうか


私はまだ、彼らをあまりにも知らなさすぎる




「権現も来ると言ってたな、小生が迎えに行った方がいいか?」

『そう、ですね…あ、でも忠勝さんは移動できませんし』

「む…ああ、じゃあ後で二人の飯を持って行くか!」

『はいっ』

「他の輩の飯なんざ適当でかまわんぞ、食えりゃあ文句も言わな…ん?」

『どうしました?』

「いや…結の店の前に、誰かいるな」

『え?』




官兵衛さんの言葉に前を見れば、道の先には私たちの喫茶店

そして確かに誰かが立っている。背の高い男の人だ。大きな荷物を地面に置き、扉にかけた札をじっと眺めている


遠目でも解る綺麗な横顔。スラリとした立ち姿はどこか懐かしい…そうだ、懐かしいんだ




「………Ah?」

『あ……』

「っ―……先輩?」





私の視線に気付いた彼がこっちを向く。驚いて見開かれた左目…眼帯で隠された右目

そんな彼に私は、数年前に別れた男の子の姿を重ねる







『政宗、くん…?』

「っ、先輩!」





記憶の中の彼よりはずいぶん大人びているけれど

私を見つけパッと表情を変える様は、昔と何一つ変わっていなかった






20140223.
独眼竜王圧参

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